手作り感あふれる贅沢な上映会 2024.6.2

小泉雅英

  
 「働く人が誇りを取り戻すために!」と銘打たれた《三多摩レイバー映画祭2024 at くにたちキノ・キュッヘ》が、6月2日、東京郊外、国立市で開催され、盛会の裡に終了した。毎年、都心部で開催されている〈レイバー映画祭〉の多摩地域版で、昨年に続き、2回目の開催だった。40名程の定員が満席になるかどうか、ヤキモキする主催者の気持ちが私にも伝わって来たのだが、全くの杞憂だった。蓋を開けてみると、小雨にもかかわらず、1本目の上映から7割がたの来場で、2本目の開始時には、ほぼ満席となった。この日は、午後1時から6時まで、休憩を挟み、5本の作品が上映された。各作品の上映後、監督など制作関係者のトークもあり、他では得られぬ、手作り感あふれる贅沢な上映会だった。

1本目は、ケン・ローチ監督『ピケをこえなかった男たち』(50分)

 少し古く、1997年の作品だが、英国の港湾労働者の解雇撤回をめぐる闘いと、既成の大組合と、その裏切りなど、今に通じる普遍的な問題を扱った、貴重なドキュメンタリーだった。舞台は英国の歴史的な港湾都市、リヴァプールで、ジョン・レノンをはじめ、ビートルズの面々が生まれ育った街だ。昨年、『ジョン・レノン 音楽で世界を変えた男の真実(Looking for Lennon)』という映画を観たが、その中で、リヴァプールという都市について、解説されていた。この街は、18世紀には、新大陸(アメリカ)―英国―アフリカを結ぶ「三角貿易」の一大拠点であり、それは実は「奴隷貿易」でもあったが、その利益の蓄積が近郊のマンチェスターの綿織物工業の発展、産業革命を推進させ、イギリス資本主義(帝国主義)の発展をもたらした。リヴァプールは、原料輸入と製品積み出しの拠点として、多くの労働者と移民が暮らす街だった。

 その港湾都市で、港湾労働者は、伝統的な職業として、誇りを持ち、親から息子へと、何代にもわたり担われてきた。その最強の労働者にかけられた、厳しい闘いの日々を、ケン・ローチは、男たちの苦渋に満ちた議論、彼らを支える家族、とりわけ妻の悲鳴に近い声を記録している。この闘いは、いつまで続くのか。生活が立ち行かなくなっているのに、展望も見えない。本当に苦しい家族ぐるみの闘いの日々を描き、多くの労働者の胸を打つ。世界各地の港湾労働者が、彼らの闘いを支援する国際連帯の姿も含め、現代を生きる日本の労働者にも、多くの示唆と教訓を与える作品ではないかと思う。

 上映後のトークでは、この日本語版(字幕・ナレーション)制作を担当した松原明さんが、ケン・ローチ監督について、日本で受けた賞で得た賞金(1千万円)の半分を、労働組合はじめ各地の団体に、100万円ずつカンパしたことなど、彼の人間性について紹介された。

2本目は、津田修一制作『私の好きな店』(2023年20分)

 これは昨年のレイバー映画祭(2023/7/29全水道会館)でも観たが、不思議な脱力感と、とぼけた味があり、面白かった。今回は2回目だが、やはり同様の感想を持った。町中華と呼ばれる、何でもない小さなラーメン屋さんが、町から消えていく様子を、記録しているのだが、映像、字幕、ナレーション、これらが三位一体となり、不思議な味を生み出している。その味は町中華に負けていないと言うのは、ほめ過ぎか。日常の暮らしの中で出会う小さな物事に注目し、その変化や喪失に視線を注ぐ彼の作品は、単にノスタルジーなどではなく、小さな、だけど大切な何か、直ぐに消えてしまいそうな、淡い問いを含んでいるのかも知れない。このシリーズ次回作も、期待したい。

 上映後に制作者の津田氏が登場し、この作品「私の好きな店」の続きが、なかなかできない事情について語った。ご自身の住まいの直ぐ近くに、タワーマンション建設問題が、忽然と起きたことなど、現状を話されたが、その話しぶりにも、どこかユーモラスな味を感じたのは、私だけだろうか。件のタワマン問題の新作も、ぜひ完成させてほしいものだ。

3本目は、山岸薫制作『私は非正規公務員』(2023年20分)

 これも、昨年のレイバー映画祭で見たが、その時より、今回は、さらにじっくり見ることができた気がする。この作品では、竹信三恵子さんの解説も大事だが、それ以上に、「非正規」で働く、多くの職種の公務員の声を、顔は出せないが、短い時間のなかで、丁寧に記録していることが貴重だ。とりわけ、最初に登場する、パワハラ・セクハラで自死に追い込まれた娘の無念を、訴訟で訴える母親のインタビューは、多くの人の胸を打つだろう。こんなことが二度とあってはならないのだ。この素晴らしい作品を制作した山岸さんは、何と「3分間ビデオ」のワークショップを受講し、これが初めての作品なのだという。それも含め、本当に素晴らしい!現在、続きを準備中とのことで、ぜひ制作に到ることを期待したい。がんばって!

4本目は、鈴木敏明制作『マリアとサリー パワハラの正体』(2024年15分)

 この作品は、普段は視えない、サービス部門の外国人労働者に、彼らの日常的なパワハラなど、差別的な状況を、当事者に語ってもらうという、なかなか出来ないことに成功している。ホテルの清掃などに従事するフィリピン人労働者に、リラックスした雰囲気の中で、自由に語ってもらい、同時に、街頭に出て、道行く人に、「あなたはパワハラをしたことがありますか?」と問いかけ、その応答を記録している。この製作者ならではのスタイルで、インタビューに成功し、貴重な記録となっている。

 上映後のトークでは、制作者の鈴木氏が、苦労話を語ってくれた。次回は、ぜひ、パワハラやセクハラをやっている人に突撃し、その声を記録してもらいたいものだ。

5本目は、韓国放送公社(KBS)制作『日本人、オザワ』(2023年96分、2部構成)

 実は、この作品を観ることを最大の目標に参加したのだが、期待以上の、まさに今回の映画祭の「トリ」に相応しい作品だった。尾澤孝司さんの「サンケン」での逮捕と、長期の未決勾留があり、その闘いを中心のドキュメンタリー作品と思っていたが、実は、それに到る日韓連帯運動の記録映像が、重層的に構成され、とても丁寧に作られた、製作者の誠意を感じさせられる作品だった。

 「韓国スミダ」の女性労働者の日本での闘いが映された時には、心の中で、「オオッ」と小さく叫んでいた。そうか、あれは1989年だったのかと、改めて感慨深かった。と言うのも、当時、私も彼らの支援集会に参加し、韓国の若い女性労働者のパワーに圧倒された一人だったからだ。ファックス1枚で、韓国(馬山)工場の閉鎖と、450名の労働者の全員解雇という、スミダ電気の暴挙は、当時、日本でも多くの者に、日本資本主義の帝国主義的「経済進出」の実態を知らしめ、怒りを巻き起こしたのだった。それに抗し、「生存権」を賭けて、ハンストなど、文字通り全身で闘う、若い韓国労働者の姿は、多くの闘う日本人労働者の胸を打ち、共感を広げたのだった。

 必死のハンストなど、彼らの闘いを支援して、地元の労働者が訴えている姿が、この映画に記録されているが、これは当時の多くの者の気持ちではなかったろうか。

 「私は葛飾で働く労働者だ。韓国は遠いかも知れないけれど、我々は地元でもって働き生活しているのだから、やる気になれば、365日の闘争だってできる。だいたい日本が36年間、韓国を植民地支配した、その間に民族を辱め、掠奪し、殺害し、やれるだけの悪事をやった。そういう経験を持っている我々、罪ある人間だったら、二度とこういうことをやってはいけない。お前たちに勝ち目はない。いい加減にあきらめて、出て来て、誠意をもって、交渉に応じろ!」

 このような形の、労働者の具体的な「日韓連帯」運動は、かつての日本ではなく、感動的な時間だったことが、この映画の中の古い記録映像を通して、改めて伝わって来た。

 そんな支援運動の中に、尾澤邦子さんの姿があったことを、この映画で知った。日本に「遠征闘争」に来た韓国スミダの労働者から、「文化部長」と呼ばれるほど関わり、その後の人生を変えたのだった。この闘いは、1990年6月、スミダ電気から、労働者への謝罪と解雇撤回、238日にわたる闘争期間中の給料、退職金、再就職のための「生存権対策資金」などを獲得し、大勝利した。この後、邦子さんは、1992年から2年間、韓国への語学留学を果たし、韓国語を習得した後は、それを活かして、さらに深く韓国の労働者の支援活動へと邁進していく様子が、この映画により理解できた。

 2003年の「韓国シチズン」労働者の8カ月間にわたる「遠征闘争」では、邦子さんが通訳で活躍していた。2006年の韓国山本製作所の馬山での71人解雇問題では、会社側は最後まで面談拒否し、運動は整理を余儀なくされた。こうした上で、2016年9月、サンケン電気による韓国支社(「韓国サンケン」)の34名解雇が起きた。これに対し、229日の闘争を経て解雇撤回を勝ち取り、2020年7月、「韓国サンケン」廃業、工場清算の後、2022年6月、会社と合意し解決、7月に闘争が終了した。この間にも、尾澤邦子さん、孝司さんが先頭で闘う姿が記録されている。

 こうした中で、2021年5月、尾澤孝司さんが逮捕され、12月まで長期勾留された。2023年9月の第1審判決では、罰金40万円の有罪判決を受け、控訴したが、つい先日、2024年5月13日、控訴審(東京高裁)で、意見書、証人申請、嘆願書など、全て却下、何の審理もなく、たった1回で結審した。傍聴したキム・ウニョンさん(韓国サンケン労組元副支会長)から、「韓国の軍事独裁政権の法廷よりひどい」という発言があった。次回の判決を注視しよう。

 さらに、2022年7月、(株)デンソーのグループ会社の「韓国ワイパー」の清算決定から、韓国の労働者たちが3回の「遠征闘争」を行い、ついに、2023年8月「労使合意」、さらに「社会的雇用基金運営合意書」調印を勝ち取った。2022年11月には、日東電工の韓国オプティカルハイテックの偽装廃業、工場清算(閉鎖)があり、昨年10月の「遠征闘争」を開始、これからも闘いが続く、とうところで、映画が終わる。

 この映画の中で、キム・ウニョンさんが、「この30年の闘いで、私たちを支援してくれたのは、韓国政府ではなく、日本の市民団体だった」というような発言をする場面がある。これを聞き、ほんとうによくここまで言ってくれた、と感動した。こうした発言を生み出すに至ったのには、多くの支援の労働者・市民の活動があったが、その中心に尾澤邦子さん、孝司さんがいた。この映画に記録されているのは、こうした日本人労働者による、初めての日韓連帯運動だったのではないか。その象徴としての「日本人、オザワ」さんであろう。これが韓国の公共放送(KBS)によって制作・放映されたということは、画期的な出来事と言うべきだ。素晴らしい作品を創り、送り出してくれたKBSと、何よりも尾澤邦子さん、孝司さんに感謝したい。

 上映後のトークでは、尾澤ご夫婦と弁護士が登場し、孝司氏の裁判の現状についても報告されたが、紙幅が尽きたので省略する。 上映会の後は、恒例の懇親会があり、キノ・キュッヘ(映画の台所)特製の料理で、お酒も入り、普段は会うことのない方々との出会いもあり、濃密な時間を愉しんだ。来年も、「三多摩レイバー映画祭」で会おう!