
〈日本中あなたの250キロ圏内に原発がある〜「福島被害」は他人ごとではない〉
3月は東京など各地の大空襲、地下鉄サリン事件など、過酷な事件が続く。中でも放射能
を拡散した原発事故を伴う東日本大震災はこの先何万年も刻んでいかねばならない大事件
だ。大きくとらえれば、日本中が被害者であるにもかかわらず、互いに非難しあい、排他
的になっている。直接の見える被害を受けなかった人たちも忘れることなく、被害を受け
たと思うすべての方々に寄り添っていきたいと思う。
2025年3月12日、14年目の被災者たちの今をお送りした。
報告:笠原眞弓
―あれから14年 原発避難者の苦しみとフクシマの現実―
福島第一原発事故から14年がたち、東電や国は「忘れろ」という空気を流しているのだが、
いぜんとして緊急事態宣言は続いている。
今回は事故直後からレイバーネットTVにご家族で交互に出演して下さっている鴨下さんご
家族3人と、事故後に被災地の写真を撮るうちに、小さな子どもに「大きくなったら結婚
できるか」ときかれ、ご自身のカメラマンとしての立ち位置が定まったという飛田晋秀さ
んをお迎えした。
鴨下さんご家族は、国の方針で福島からの避難者を帰宅させるため、まだ4万㏃/㎡もある
自宅に帰るようにと、今住んでいる都内にある国家公務員住宅を明け渡すようにと提訴さ
れ、現在東京高裁で闘っている。
視聴アドレス:https://www.labornetjp2.org/labornet-tv/211/
◇司会 堀切さとみ
◇ゲストと自己紹介
・鴨下祐也さん(いわき市から東京都への避難者/福島原発被害東京訴訟原告団長)
事故当時、福島高専で准教授。事故後は福島原発被害東京訴訟原告団長/東京都から
避難住宅残留者として被告になる。
・鴨下美和さん(いわき市から東京都への避難者/福島原発被害東京訴訟原告団)
14年前の12日、爆発前の自宅から二人の子どもを連れて夫と共に非難する
・鴨下全生さん(まつき・大学生/いわき市から東京都への避難者/福島原発被害東京訴訟
原告団)
「14年前におこった悲劇」ではなく、そこから今まで「苦しまされ」続けてきた。
・飛田晋秀さん(カメラマン・三春町在住)
報道カメラマン。被災した友人を訪ねたとき「必ず風化するから撮っておいてほしい
と頼まれたこと、12年の8月に小学生の女子に「大きくなったら結婚できるか?」と聞か
れた。その言葉に撮るべきものがフォーカスされ、160回ほど被災地に入り、「被災」を
撮り続けている。
概要:今年2月、東京都の国家公務員住宅に家族4人で自主避難していた鴨下祐也さん等
に退去を促し、住み続ける彼らに損害賠償を求め提訴した。いわき市の自宅の放射能は依
然として4万ベクレルを上回る危険な状態。しかし国と福島県は、避難区域外避難者への
住宅提供を打ち切り、避難住宅に住み続ける鴨下さんたちに損害賠償請求という「異常」
な裁判が進行中。鴨下さんは「被ばくを回避する手段をこれ以上奪わないで」と訴える。

◇3月11日に行われた旧騎西高校での双葉町の避難者たちの映像
原発事故直後に町を上げて埼玉県の旧騎西高校に移住した双葉町。その町民たちの集まり
の映像が写される。その中で望郷の念が語られる。
◇現在の双葉町は?
堀切:双葉町では汚染した表土をはがし、貯めている。それを「除染土」と言い、所沢や
新宿御苑などで、安全性の実証実験をする話があったが、拒否された。そのため現町長は、
その実験を二葉町内でするという。
全生:汚染土をはぎ取ったものだから「除染土」だと、訳の分からない国や東電の圧力が
ある。東電の敷地内に置いておいてほしい(と怒りの言葉が続く)。
◇「非難する必要ない」と言われたいわき市から避難したのはなぜ?
・裕也さんは炉の爆発を恐れ、美和さんは電気の停まった家に同居する父の体調を心配し
て、3月12日早朝に横浜方面に逃げる。その途中で原発の爆発を知る。
美和:当時は、放射能が何たるかも一般に知られていなかった。4月6日の放射線量を示し
ながら(「東京・新宿=0.81
さいたま市=1.22
いわき市=23.82」)、「この日は、小学校の始業式で、式後にみんなで掃除をする。掃除
で舞い上がった埃についた放射能を子どもたちは吸い込むことになる」。
裕也:自宅は締め切っていたので、放射能汚染はしていないと思っていたが、測ったら見
事にピーピーなりだした。そこで「掃除をさせないで!せめて使い捨て雑巾で拭くだけに
」と学校にお願いしたが、聞き入れられなかった。
当時は、一般には放射能とは何かも知られていなくて、広島・長崎の原爆のピカッとした
光と思っている人もいたとか。
◇避難指示の範囲は
美和:1カ月たって、夫は職場に呼ばれて一人戻ることに。子どもには、新学期に登校する
ようにと学校から電話があった。避難先での転入手続きをしていたのでそう伝えると、先
生は「よかった。帰ってきちゃだめよ!」と安堵の泣き声に。
当時の汚染地図を示しながら、避難指示が出た場所は考えられないくらい狭く、鴨下さん
の自宅は避難指示区域外だったため、周りの人たちに「なぜ」とか「神経質」とかバッシ
ングを受けたという。
◇保証金が出ると発表された直後から始まった「いじめ」
全生:転校したばかりの時は優しかったが、3月18日の月曜から同級生たちからのいじめが
始まった。「金を返せ」などの言葉と共に暴力も振るわれる。
裁判の調書を作る中で強制避難区域の被災者に対して100万円の仮払い(補償金)が出る
とのニュースが流れた直後から始まったと弁護士が気づく。そのお金はどんな人がどうい
う理由で支給されるかの丁寧な説明が一切なかったため、「金が出る」だけが独り歩きし
た結果のいじめだったが、それに対する対策は全くされなかった。そのことは、裁判の中
で認められたと全生さん。
美和さんは続ける。放射能の被害は、津波などと違って目に見えないので、被害のひどさ
が理解されず、いわき市内でもひどいいじめが起きた。なぜ補償金を払うのかの説明は、
国・東電がしなければならないことなのにそれをしなかった。放射能の害は、すぐに分か
らず、目に見えない。しかも自主避難者には支給されないのに、国・県としての説明がな
かった。
◇外国大使館の発した避難指示と日本のとんでもない落差
飛田さんは、周りでは3月17日夜には中国大使館から国外退避せよと連絡がありすでに、
アメリカ(80キロ)、シンガポール(100キロ)も避難させていた。外国語の分かる人は
ネットで情報を得て、国外に逃げた。福島県は30キロしか避難させなかった。飛田さんは
家族の健康状態を考えて残った。
次の日、役場からの連絡で消防団の息子が駆り出されたが、驚いたことに現場ではマスク
もせず、高線量の中、夜中まで働かされた。町としても救助体制が整っていなかったし、
人も足りなかった。その息子さんが、3年後に「結婚して子どもを育てられるのか?」と。
◇ジョニーと乱の5ミニッツ
歌 利害を超えて(涙をふいて) by ジョニーH
川柳 東電は無罪避難者追い出され 乱鬼龍
14年ヒトの記憶の半減期 芒野
◇福島原発被害東京訴訟ともう一つの裁判
―—「汚染を元に戻してくれ」が一番求めるところだが…
被害を受けたものとして、汚染を元に戻し、被爆の影響を取り除くことを求めるところだ
が、それは無理なので、損害賠償として訴えることにしたと裕也さん。原告は東京で300
人くらいだが、全国では何万人もいるという。
―—鴨下裕也さんが被告の裁判
一方で裕也さんたちは東京都による「避難住宅打ち切り(追い出し)訴訟」が始まった。
避難住宅に住むとき、国や県、都と居住者とは何の契約も取り交わしていないのに、2017
年追い出しが始まり、自宅は汚染で居住する環境にないので出ていかないでいると都から
損害賠償で訴えられた。
複雑な裁判が絡み合いながらまだ続いている。一応東京都の裁判は、先日結審し、判決は
これからだ。
裁判の中で、東京都は国から賠償金を請求されていないので、東京都が鴨下さんたちに求
めている取り立て自体違法ということが、裁判の中で明らかになった。鴨下さんだけが訴
えられている(見せしめ?)ことから、どうも国が都に訴えろとせっついているのではと。
◇裁判所は自分が理解できない論文は受け付けない――全生さんの指摘
全生さんは、裁判所は絶対放射能は「安全」と言わず「安心してください」という。その
意味を多くの人が「安全」とすり替えて聞く。
驚くべきことに、日本の裁判所は、英文の論文は受け付けない。ということは、最先端の
科学論文は証拠にならないということだ。
◇「アンダーコントロール」という安倍元総理の呪文――飛田さんの測定
―—事故前の300倍の線量でも「除染したから安全」か?
肥田さんの調べでは事故前の放射能は0.03~0.07μ㏜。ところが除染しても18.69μ㏜。
そこに帰宅しろというのだ。一方福島に住み続けている人たちも、放射能のことは互いに
語れない。除染してもまた増加し、雨樋下の測定値は45.5μ㏜を記録する。大熊町役場の
職員の20~25%が体調不良で休暇中というのも恐ろしい。
安全と言い始めたのは、安倍元総理。オリンピックの開催を視野に「アンダーコントロー
ル」ということにしたから。
◇外来者を大歓迎する福島県の12市町村—―もともとの住民は過疎の中に放置
続けて飛田さんは県内12市町村を対象に、新規移住者に対しての手厚い支援について語る。
小学生一人と入学支度金や住宅手当、起業すればざっと1千万が支給されるとか(「ふ
くしま12」で検索を)。
一方「安全」と言われて線量の高いところに住み続けざるを得ない人々は、コミュニティ
ーが壊され孤独になっていく。
◇健康状態
―—誤った結論に導くいわき市の広報
塩分摂取量が実際には全国平均(グラフに不記載)より低いにも関わらず、心疾患による
死亡は男女とも全国平均の2倍前後、脳血管疾患は1.3~1.4倍になっている。
―—祐也さんの健康状態「10年以上前にできたガン」
祐也さんは、24年に大腸がんが発見され、手術で除去。その後も抗がん剤治療を続けてい
る。10年以上前にできたもので、発病時は単身いわき市で勤務していたころとか。美和さ
んは、その時なぜ福島へ帰したかと後悔している。祐也さんは術後、ステージ3の割には
きつい抗がん剤治療を受けたという。
◇「いじめ」は消えることのない「経験」
―—会場からの「いじめ」に対する質問に全生さんは力を込めて訴える
内容にフォーカスしてほしくない。世間で言われる「いじめ」は大体経験したと言える。
その傷は、一切治っていない。いじめについて「治った」という人を聴いたことがない。
「いじめ」は「経験」なので、いつまでも記憶として残るし、苦しみ続ける。心の傷は一
切治らない。
◇最後に言いたいことは
―—飛田さん「何万年と続く放射能被害。そのことを若い世代に引き継ぎたい」
この問題は「これから」も続く。福島県も水俣、広島、長崎に学びつつ、長い闘へ出発す
る時。私たちの世代が若い世代に継承していくことが大切ではないかと思う。
セシウム135の半減期は230万年、ヨウ素129は1270万年。天文学的数字。だからこそ、若
い人に放射能は危険ということを引き継ぎたい。
―—美和さん「だれかがやらなければよくならないから」
子どもにこんなに大変なことを追わせてしまい親として申し訳ない。私は横浜生まれで、
生まれたころの横浜は公害がひどかった。そこから逃れたかったから、福島へ行った。原
発事故で帰ってきた横浜は、川に魚が泳ぎ、空気がきれいになっていた。自分が捨てた町
を、誰かがきれいにした。原発事故被害では国が優位で、私たちが苦しい立場にあるが、
長い時間をかけて川を取り戻したこのまちのように、何時かは放射能、原発のない安全な
未来を子どもや孫に渡せると信じて訴え続けていきたい。
―—祐也さん「真の安全を確保するために」
住宅を打ち切るときに、食の安全が確保されたと言ったが、事故前のような0.0X㏃のよう
な精密な測定をせず、分からなくなった。それはあたかも被曝が安全であるかのような言
質を振りまいたことになる。何とかして、真の安全を確保したい。その一つの手段が裁判
だと思っている。
―—全生さん「日本に住む誰でもが250キロ圏内。原発被害者になり得る」
こういう話をすると「頑張ってね」といわれるが、日本に住むすべての人が、ほぼ原発か
ら250キロ圏内にいる。ということは、当事者になり得る。国会議員はどこの地域にもい
るし、保守、革新に関係なく選挙区の人の声には耳を傾ける。すぐに廃止とはならなくて
も、原発は怖いという声を地元議員に伝えてほしい。
次回の放送は、3月26日「トランプ時代をどう見るか」