「敗れざる者」の闘いは民衆と深く共振していた

浅井健治

読後感は「戦前戦中の暗い時代を扱った小説なのになんて明るいんだろう」。実に爽快だった。その後、読書会の日が近づき、指定の文庫版をこちらも一気に読み通した。爽快感は同じだが、どこか違う。爽やかさ、痛快さの度合いが増しているようだ。何が違うのか。もう一度単行本を借りて読み比べてみた。

大幅な加筆・修正が施されていた。鶴彬が主人公の第2話で、憲兵大尉丸山の弟真次は単行本では特高に逮捕され、勾留中に死んだとされているが、文庫版では生き続け、丸山に自作の川柳を送り届けている。第2話の終わりは単行本では丸山が鶴彬(?)に向かって「死ぬなよ」と呟く場面だが、文庫版で丸山が呟くのは真次から教わった鶴彬の川柳「三角の尖がりが持つ力なり」。丸山の「彼らには川柳がある。きっと大丈夫だ」との思いも綴られている。

三木清を主人公とする第4話。単行本で東京大空襲のあと天皇が巡幸し、戦災民が土下座して“謝罪”するくだりは文庫版ではカットされ、代わりに民衆の間に飛び交う厭戦・反戦の流言飛語がふんだんに連ねられている(「神風ナンカ吹カナイ」「上御一ナド無クシテシマエ」…)。文庫版で三木が特高に語る「この戦争は、もうすぐ終わる」という言葉は、単行本にはない。全編を締めくくる場面は、単行本では「また一人、"敗れざる者"が逃れられぬ死に向かって歩み去った」とやや悲壮だが、文庫版では三木がひょいと片手を挙げ、「戦争が終わったら、また会おう」と陽気な口調で刑事たちに言う。

「アンブレイカブル=敗れざる者」たちの闘いは決して孤高の歩みだったわけではなく、民衆の心情と深く共振していた。そればかりか、権力側に立つ「クロ=国家主義者」の心をも揺さぶっていた。加筆・修正はそのことを浮き彫りにする方向でなされているように思う。「ペンは剣よりも強し」。戦争と暴力に立ち向かう文学や芸術、言論、思想の力の大きさを感じずにいられない。

新聞編集者という仕事がら目先の課題に追われ、どうしても読書の幅が狭くなる。柳広司さんという作家もその作品も初めて。そんな出会いの場をつくってくれたブッククラブに感謝! これだからブッククラブはやめられない。

*読書会はオンラインで行われ、参加者は11人でした。次回は6月8日(土)に予定しています。詳細は後日。