報告:笠原眞弓
実はこの話、どうしてこうなるのか分からなかった。戦後1年目に発表された道路建設計画が、住民との話し合いもなく70年以上たったある日気づいたら4棟のタワービルと共に動き出したとか。そこには、区民を置き去りにした「政治」と「経済」の力関係がうごめいているとしか思えない。大商業都市の池袋から一駅、下町風情の息づくこの街に建つタワービルは、都政、区政を金銭的に潤すかもしれないが、失うものも大きいと思われた。住民を追い出し、無機的なビル街に変身するかどうかの境目である。
2024/5/15レイバーネットTV第201号<アーケード解体反対!再開発反対!?―大山商店街からの訴え>
司会:大場ひろみ
ゲスト:石田栄二(大山問題を考える会)
田原佳幸(大山問題を考える会)
飯田武男(コモディイイダ社長)
大野厚(ハッピーロード大山商店街振興組合の元理事長)
◆ハッピーロード大山商店街のモットー(信条)は、「一生づきあいします」
板橋区内の東武東上線、大山駅近くのハッピーロード(1978年に2つの商店街が協力して完成)と名付けられた560mのアーケードを持つ大山商店街周辺の再開発は、すでに1946年に計画されていたが、ほぼ立ち消えになっていた。それが2015年に復活し、地元商店も協力してきた。ところがその「協力」や住民を無視するような開発を突然始めた区・都と本来は地元の代弁者であるべき「大山商店街復興組合」の反地元のやり口に、商店街を含む区民たちは立ち上がった。
◆再開発に関する問題点は4つ(石田さん)
石田さんは大山商店街復興組合の理事だったが、街復興組合抱き込んでの計画推進に反対して辞任し、大山問題を考える会で反対運動を続ける。下記4つの問題点を挙げる。
1.都道補助26号線道路計画に伴い、商店街中央部が分断される(鉄道の高架化・駅前広場計画を含む) 2.タワービル建設問題。再開発に伴う立ち退き者のための代替地が自己責任という不合理(区・都有地の活用問題を含む) 3.住民への説明なしの商店街アーケードの早期解体(すでに一部撤去) 4.強制立ち退きの悲劇。行政やゼネコンの利益ために、地元住民や営業者が追い出される
◆再開発はだれのためにやるのか?(田原さん)
地権者でも商店主でもない一介の周辺住民としてかかわってきたという田原さんは、住民や営業者が追い出される再開発はだれのために何のためにやるのかと疑問を呈する。あるテレビ局が「住民や商店の2/3以上が賛成している」と放送され、その言葉の違和感に出所を調べると以下のことが分かったとのこと。
・都市開発法でいう地権者とは、宅地の所有権者と借地権者のこと
・地権者の2/3以上の同意を得て「再開発組合ができる」
それがいつの間にか「住民や商店の2/3以上の同意で、開発ができる」にすり替わっていたのだ。もちろん、タワ-ビルを建てる、アーケードの撤去、商店街の分断などに賛成したわけではないことが判明した。
何人が賛成しているのか情報公開を請求すると、地権者は91人いて、賛成者はそのうちの70人に届かなかった。しかも、前述したように開発に賛成したのではなく「再開発組合を作ってもいい」と言ったに過ぎない。現在大山に関係して暮らしている人はおおよそ5万人と考えられるが、わずか91人に聞いただけでこの街の将来を決めることに違和感を持っている。
◆「ハッピーロード」誕生は力をあわせて商店街を守るため(大野さん)
終戦の翌年に補助都道26号線計画が発表されるが、当時の2つの商店街の組合がこぞって反対する。この問題をきっかけに、都道建設阻止と商店街の衰退阻止を目的として2つの商店会は1つになり、1978年にアーケードが作られた。それは「ハッピーロード大山」と名付けられて地元に根付いていく。1つの商店会になったのは力を合わせて都道建設阻止に立ち向かうためと、商店街の発展のためだった。
現在、大山駅の乗降客は5万人、商店街の利用者は3万人と言われている。
ここで、簡単に商店街の発展の歴史を振り返る。
1964年:大型スーパーが商店街の真ん中にオープン1972年:補助都道26号線「大山地区縦断反対同盟」が立ち上がる
1978年:アーケード竣工
2003年:1階は店舗、2階には組合事務所、集会室などを持つハロープラザ(後にコモディイイダと改名)が完成する。エレベーターがあり、障がい者にも配慮されていた。
◆裁判で争うようになったのはなぜか(飯田さん)
長年放置されていた都道建設が、2015年に突然よみがえり、東京オリンピックまでに建設すると都と区、大山商店街復興組合が言ってくる。そこで提案されたのは、区有地にコモディイイダを移し、店舗や住民主体の施設の建設の他、現在の店舗跡に中層アパートを建設し、1階を道路に取られる店舗の移転先とするというもの。本心は受け入れ難かったが、承諾した。ところがその後、複数回計画の進捗状況を問い合わせるが、まだ先のこととして具体的返答はなかった。店舗の痛みもひどかったので、多額の費用をかけて改装をする。その半年後の2020年に、タワービルを建てるから移転してほしいと言われる。そして2022年には2023年末の立ち退きを迫られる。
コモディイイダが憤慨するのは、道路建設はまだ闇の中なのにタワ-ビル建設を認可し、その工事の一環として夜中に突然アーケードの一部撤去が行われたこと。説明会で追及しても行政側はきちんと説明できないので、裁判で仮処分を申し立てている。
◆ジョニーと乱の5ミニッツ
今日の迷句 ハッピーでない大山にしてはならぬ 乱鬼龍
ジョニーH替え歌コーナー 大山ハッピーロード(元歌「ハッピートーク」)
◆大山駅の高架化はだれが望んだのか?(田原さん)
実はもう一つ問題があり、ある日説明会をすると集められ、発表されたのが、大山駅の高架化とそれに伴う駅前広場の設置だった。そのためにそこに住む人や営業稼働していね30世帯、90人が立ち退きとなるのだが、立ち退き料を払うから自己責任で移転先を探すようにというもの。 法的にはそのやり方は問題なく「説明はした。質問にも答えた」ということで、進めることができる。つまり、「協議」や「希望を取り入れる」必要は全くないのだ。 更に不思議なのは、大山駅だけ高架にするというのだ。 この開かずの踏切問題では、我々は解消策として地下道を考えていたのだが、行政側は決定したことだからと地下化に変更する気はなかった。東武東上線の都内の走行部分は、ほぼ板橋区内なので、区も一緒に全線を見直せばいいと思うのに、それをしない。
◆それぞれの方に今後の取り組みについて伺う
・石田さんは「そこに住んでいる住民のための街づくりを」と思い、既存の組合員が残れることが前提だったが、いざ蓋を開けると「追い出し再開発計画」の上、アーケードも早期解体になっていた。そこで大山商店街振興組合の内部で反対をしたのだが、受け入れられず、理事をやめて脱会もした。その後「大山問題を考える会」で引き続きこの問題に取り組んでいる。振興組合員は賛成も反対も2割ずつ。残りの人は事情も知らず、関心もない。
・飯田さんは、アーケードの屋根がなくなって初めて住民が知ったように、この界隈の再開発のビジョンが全く人々に知らされていなかった。道路工事に邪魔になるからアーケードを壊すなら理解できるが、先ずアーケードを壊すことから始まった再開発に「裏切られた」という思い以外ないという。
実は飯田さんは2014年に示されたコモディイイダの移転を伴う再開発にも反対だったが、必要ならと協力を決めた。しかしアーケードを壊しはじめたのは、都道のためではなく、複数のタワ-ビル建設のためになっていて、店舗の移転先はなくなっていた。これでは受け入れられません。これがもしこのまま進めば、神宮外苑の再開発以上にひどいこと。国民の財産を金儲けにつかうことになると指摘し、怒りを述べる。
・大野さんは第1回目のアーケードは6億4千万円以上かかり、10年後の大改修は10億円だった。そして今回の70mほどのところを4億6千万使って壊す。そんなにかかるのか、その金の出所は税金で、そのお金がどこへ行くのか?と考えてしまうという。
1978年の最初のアーケードの認可は美濃部亮吉都知事。10年後の大改修に認可を下したのは青島幸男都知事。「そこのところをヨ~ク考えよう」と強調する(知事選間近だし…)。
・田原さんは、大山駅の高架化について考えを述べる。東武東上線は、都内ではほとんどの区間が板橋区であること。従って区内の線路をどうするかは積極的に区が意見を言ってもいいのではないかという。差し当たり、今の「開かずの踏切」問題も地下化は難しくないという。
◆会場から
・質問:以前にレイバーネットでも取り上げた新宿御苑の福島の汚染土を埋めて、実証実験を市民活動で阻止したことがある。今回も市民活動で阻止する運動はあるのか?
飯田:これまでデモ行進と署名活動を2回してきたが、行動の度に参加者が飛び入りで膨んでいる。署名もすでに1800筆を越えた。今後も地道に住民に広く知らせる活動をしていきたい。これからも大勢の住民に知らせていきたい。 3回目は6月9日10:30にコモディイイダ大山に10:30集合予定。 HP(https://oyama-mondai.com/)も開設しているので、随時行動予定はアップしていく。
・質問:店舗に来た時、お客さんに愛されている雰囲気があったが、モットーは?
飯田:創業以来「薄利多売、客さんを裏切らない、いいものを安く」を理念としている。
◆最後に一言ずつ
・石田:街づくりは住民のため!当初の話はそうだったが、現状は全く話が違うので、住民運動として取り組む。
・飯田:素晴らしい商店街を守っていきたい、そのためには再開発を阻止し、消費者に喜んでもらえる商店街を維持していく努力をしたい。
・大野:「幸せに続く長い屋根」から「一生つきあいの街」これが大山商店街の標語。これを続けるには法的改正が必要。1つ、再開発法、1つ商店街振興組合法。この2つの改正が無いとこの商店街は立ち直ることはできません。この2つを大きく考える政治家の登場を!
・田原:下北沢を案内してもらったが、保坂展人区長登場以前から意識の高い方々がいて、自分たち本位の街づくりを考えていた。大山にはそれが不足していると思う。住民が意見を行政に上げる、また行政もそうした意見をすくいあげることができていない。しっかり勉強しながら意識を高めていきたいと思う。
次回6月12日(水)19時30分~21時:コロナワクチンについて