8月15日、ことしも反「靖国」デモが展開された。東京・淡路公園に集まった約150人の人たちは、靖国神社に向けて「戦争反対、国家による慰霊・追悼反対」の声を上げて、デモ行進を行った。このデモは、1985年8月15日の中曽根康弘首相の「公式参拝」抗議が発端であり、じつに40年の歴史を重ねている。

 この日、先頭で歩いていたのは益永陽子さん(写真上)だった。全身プラカード姿で「戦争しません 憲法第9条」の大きな文字、そして「日の丸イラン」をアピールしていた。益永陽子さんの亡き母は益永スミコさんで、軍国主義に加担した反省から戦後「9条守れ」運動をひとすじに生きた人だった。「母の遺伝子を受け継いでいる」と語る陽子さん。参加した思いをこう語った。「日の丸は血の丸です。国のために死ね、天皇のために死ね、生きて返るな、ということを絶対に繰り返してはならない」と。

 また大きな日の丸にバッテンを付けて参加した青年がいた。聞くと19歳だという。「私は在日4世です。日の丸は侵略の象徴でアジアの人にはいい印象はない。その日の丸を損壊したら犯罪にするという法律ができた。それが許せなくてバッテンの日の丸を持って参加することにした」。シニアが多い集まりだが、学生など若い人の姿が目立った。

 今回、懸念されていた高市首相の靖国参拝はなかったが、小泉防衛相はじめ4名の閣僚が参拝した。主催者は集会挨拶で、「防衛相の参拝は自衛隊と靖国の結合を示すもので、非常に重要な局面だ」と強調した。

 デモ隊は神田繁華街を約1時間半、コールを上げて練り歩いた。「全国戦没者追悼式反対! 国家による慰霊・追悼反対! 靖国は侵略戦争のシンボルだ! 戦争賛美の神社はいらない! 戦争で死ぬことを賛美するな!」のフレーズが宣伝カーから大音響で流れた。

 すぐに沿道には、デモをつぶそうとする右翼集団が現れた。警察隊はデモと右翼との間に二重三重に入って警備したが、一帯はデモ隊・右翼・警察のスピーカーと人びとの怒号に包まれた。一般の通行人は「何事か」と驚いた顔をしながらも、スマホを掲げて写真を撮っていた。右翼もデモ隊も警察も長いカメラ棒の先にビデオカメラを付けた撮影班がたくさんいた。また海外はじめメディアの数も多い。さながら取材合戦でもあった。

 攻防のピークは靖国神社にもっとも近い九段下交差点である。2メートル近い鉄柵バリケードで右翼とデモ隊を分けていたが、それを乗り越えて襲撃しようとする右翼と抗議するデモ隊の怒号が響き渡った。記者が気になったのは右翼が掲げているプラカードだった。そこには「世界大戦 上等だ!!」と書いてある。いやな言葉だ。「戦争する国」に突っ走る高市政権のもとで、右翼は勢いづいているように見えた。

 今回の反「靖国」デモの背景にあったのは「国旗損壊罪」だろう。表現の自由を奪い国家に楯突くものは許さないという「国旗損壊罪」の成立で、デモは日の丸をめぐる攻防となった。右翼は日の丸と旭日旗を振り回していたが、いっぽうデモ隊はバッテンの日の丸を掲げている。乱舞する日の丸。それは国家主義と反戦平和主義がぶつかり合う今の日本を可視化するシーンだった。(M)