<2026年10月31日>

古謝玄太・沖縄県知事は2026年10月27日の記者会見で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)に配備されている米軍オスプレイについて、「配備撤回は求めないとの立場でございます」と言った。「普天間のオスプレイ」は沖縄の米軍基地問題を象徴するひとつといえる。沖縄戦下の土地強奪で「普天間」ははじまり、米海兵隊員ら3人による1995年の受難を強いられて、日米両政府の返還合意も空証文と化す中での配備強行だったから、沖縄は配備撤回を長年もとめてきた。これを古謝知事はくつがえした。しかも容認したのは「普天間のオスプレイ」だけではない。㊤ではオスプレイの歴史をながめながら知事会見の内容を報告し、市民団体の抗議会見を㊦で伝える。
■「普天間のオスプレイ」
古謝知事の会見発言の歴史的意味をはっきりさせるために、まずは「普天間のオスプレイ」を年表風に振りかえる。
2011年6月、オスプレイを米軍普天間飛行場に配備すると米国防総省が発表した。CH46ヘリコプターが古びたので、より速く長く飛べて多くを運べるオスプレイと置きかえて在沖米海兵隊の能力を高めるためということだった。
沖縄県民は怒った。
「普天間」は宜野湾市の真ん中にある。重大事故を繰りかえしている欠陥機が民家や学校やの上を飛ぶなんて危険だろう。1995年に米海兵隊員ら3人による凶悪犯罪があった。1996年には日米両政府が「5年ないし7年以内の全面返還」を約束した。しかし「普天間」は1ミリも動いていない。返還どころか逆に「普天間」の機能を強化するとはどういうことか。そう怒った。
2012年9月の「オスプレイ配備に反対する沖縄県民大会」は、10万人超が宜野湾海浜公園を埋めた。沖縄県議会と県内全41市町村議会も、配備計画撤回と「普天間」早期閉鎖・返還をもとめる意見書と抗議決議とをこぞって可決した。
それでも米国政府は日本政府公認のもと2012年10月に強行配備した。
2013年1月、県民大会実行委員会は東京に出向き、県議会の全会派代表・全41市町村長と議会議長らが署名した「建白書」を安倍晋三首相に手わたした。
建白書は、「オスプレイを配備することは、沖縄県民に対する『差別』以外何物でもない」と断じ、「オスプレイの配備を直ちに撤回すること」と「普天間基地を閉鎖・撤去し、県内移設を断念すること」とをもとめた。その前日、県民大会の共同代表をつとめ建白書をまとめた翁長雄志・那覇市長(のち知事)ら代表団は、東京・銀座での行進時に「売国奴」「支那の犬」といった罵詈雑言を浴びている。
2013年3月、沖縄防衛局が名護市辺野古の海の埋め立てを申請した。
2013年12月、仲井真弘多知事は安倍晋三首相と面談し、沖縄振興予算増額への「お礼」として、知事選時の公約「普天間の県外移設」を捨てて埋め立てを承認した。
2014年11月、県民は翁長雄志知事を誕生させた。翁長氏は、2009年の「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」で共同代表に就くなどして、「基地の整理縮小・普天間の県外移設」のもとに保守革新を糾合し政治潮流「オール沖縄」を生みだしていた。
志なかばで倒れた翁長氏のあとを玉城デニー氏が継ぎ、「普天間のオスプレイ」配備撤回は、「普天間」の早期閉鎖・返還要求、辺野古新基地建設阻止とならんで「県是」となった感があった。
■古謝知事の誕生
2026年9月、古謝玄太氏が玉城デニー氏を破って知事に就いた。古謝氏は、「普天間の一刻も早い危険性除去に向けた現実的な解決策として辺野古移設を容認する」を公約としていた。しかし、「普天間のオスプレイ」については何事かを語っていたわけではなかった。
古謝知事は就任半月後の10月15日、「普天間のオスプレイ」について、「配備撤回は求めない」と琉球新報の取材に語った。翌16日にも「配備撤回は現実的ではない」と記者団に話した。
そうして迎えた10月27日の記者会見で古謝知事は以下のように話した。
米軍オスプレイの配備撤回につきましては、名護市辺野古の普天間代替施設については、普天間飛行場の機能の中でオスプレイを運用する機能の移転であるということからすると、今後もオスプレイの配備撤回を求め続けることは、辺野古への移設を容認する私のスタンスとは整合性が取れないというふうに考えております。
また、オスプレイにつきましては、平成24年・2012年に配備され、10年以上運用されており、陸上自衛隊でも現に運用されていることを踏まえると、現実的には配備撤回の実現は相当困難と考えられます。このため、私はオスプレイについて配備撤回は求めないとの立場でございます。
「辺野古容認」なのだから「普天間のオスプレイ」も容認するという理屈で古謝知事は「県是」をあっさり捨ててしまった。
また古謝知事は「陸上自衛隊でも現に運用されている」ともさらりと言っている。これは自衛隊オスプレイの容認でもある。この点は後述する。
■オスプレイの危険性

オスプレイは開発段階から深刻な事故を続発させてきた。
米軍普天間飛行場への強行配備の直前、モロッコで米海兵隊機MV22オスプレイが墜落し、米フロリダで米空軍機CV22オスプレイが墜落した。「普天間」強行配備後も、2016年に「普天間」所属のMV22が名護市の海岸に墜落し、2023年には横田基地所属のCV22が嘉手納基地に向かう途中の屋久島沖で墜落して乗組員8人が死亡した。2024年、日米共同演習中の陸上自衛隊オスプレイが与那国駐屯地で機体を損傷させた。
しかし古謝知事の会見の言葉から、欠陥機への危機感や当事者意識を感じとるのはむずかしい。
オスプレイの安全性につきましては、これまで事故等が発生する度に必要な整備が講じられるなど一定の対応が図られてきたものの、いまだ安全性への懸念は残っていると考えておりますので、国においては引き続き、安全性の対策を徹底することを米軍に求めるとともに、県民の不安を払拭するため説明を尽くしていただきたいというふうに考えております。
■オスプレイの一部県外移転は求める
これまでの県政は「暫定措置」として「普天間のオスプレイ」常駐機数を減らすことと訓練の県外移転を求めてきた。これについては古謝知事も継承する。「辺野古容認」だから「普天間のオスプレイ」容認だという古謝知事だが、「普天間」容認ではないという姿勢は堅持している。
私は辺野古への移設がですね、現実的に最も早い普天間飛行場の危険性除去方策であるとして容認をさせていただいておりますけれども、工事が終わるまで最短で10年、いつ返還をされるか、その期日の明確化を求めていくわけでございますが、この10年の間にもですね、しっかりと負担軽減については求めていかなければならないと考えております。
オスプレイ12機程度の県外への移駐、あるいは長期ローテーション(配備による訓練の県外移転)等につきましては、引き続き政府に対しては求めていくことによって、この移設の間にもですね、普天間飛行場の負担軽減についてはしっかりと求めてまいりたいと考えております。
■既成事実への隷従
古謝知事が容認したのは「普天間のオスプレイ」だけではない。
古謝県政は、日米共同統合演習キーン・ソード27が始まる直前の2026年10月13日、県民生活に配慮するようにと沖縄防衛局に要請した。ただし、玉城デニー県政が求めてきた「オスプレイの使用自粛」と「米軍の民間空港使用自粛」は求めなかった。古謝知事が、米軍オスプレイにも自衛隊オスプレイにも反対してきた県政方針もくつがえし、沖縄を舞台に肥大化しつづけている日米共同訓練演習も、それに参加するオスプレイの民間空港利用も、付け足し程度の条件と懸念とを付けて容認したことは以下の会見発言から明らかだ。
平時においてオスプレイを含む軍用航空機が恒常的に民間空港を活用するということは、県民生活や事業活動への影響等が懸念されることから控えるべきだと考えております。
ただ、こうした訓練等におきましては、現実の状況として日米安全保障体制を構成する米軍も、そして自衛隊もそうでございますけれども、主要な軍用航空機の一つとしてオスプレイが運用されている以上、運用上必要な訓練として実施される今般の日米共同演習等において、一時的に民間空港を利用することを否定することは不合理であると考えております。
ただし、その訓練内容等、どのような状況でも受け入れるというものではなく、地元市町村等の理解が不可欠であるというふうに考えております。
こうして振りかえると、古謝知事の容認発言は、「現実的な解決策」というよりも「既成事実への隷従」というほうがふさわしい。
最後に、米軍と自衛隊のオスプレイが重ねてきた既成事実をかんたんに振りかえっておきたい。
■既成事実
日本政府は南西諸島を「空白地域」と呼んで2016年以降、与那国島・奄美大島・宮古島・石垣島に陸自駐屯地を開設していく。
2018年には、日本版海兵隊の水陸機動団を相浦駐屯地(長崎県)に発足させ、2025年には、木更津駐屯地(千葉県)に仮置きしていた陸自V22オスプレイ全17機を佐賀駐屯地(佐賀市)に移した。
日本版海兵隊の発足とそれを輸送する自衛隊オスプレイの移駐は、戦場への輸送力を高めて闘いつづける継戦能力を向上させるためだ。こうした自衛隊の動きは、米国の対中国戦略にあわせたものといえる。米国は、米海兵隊を沖縄の島々に分散展開させて各島からミサイルを放つ遠征前方基地作戦(EABO)をとっている。沖縄を戦場とし島々で戦闘を継続するのに必要な中核を、米軍オスプレイと自衛隊オスプレイとが共同で担うというわけだ。
したがって共同訓練演習も沖縄の島々で着々と積み重ねられている。
2023年10月の日米共同実動訓練レゾリュート・ドラゴン23で、陸自オスプレイが石垣空港に飛来した。これが自衛隊オスプレイによる沖縄の空港の初利用だった。
2024年10月の日米共同統合演習キーン・ソード25では、米軍オスプレイと自衛隊オスプレイが、「戦場」の島から傷病兵を自衛隊病院に運ぶ訓練をした。
2026年6月のレゾリュート・ドラゴン26では、陸自オスプレイが宮古空港と米軍普天間飛行場とに初めて飛来した。石垣空港も再び使った。
2026年10月のキーン・ソード27でも、米海兵隊オスプレイが宮古空港に初飛来した。石垣空港への飛来は過去に緊急着陸が複数あったが、演習利用は初めてだった。陸自オスプレイも再び宮古空港と米軍普天間飛行場を使った。
さらに防衛省は、佐賀駐屯地の陸自オスプレイの訓練範囲を沖縄に広げようとしている。小泉進次郎防衛相が2026年7月に発表した。航空自衛隊那覇基地・石垣空港・宮古空港でを想定しているという。ただでさえ過密な那覇空港の周辺で、航空法が定める最低安全高度以下の低空を飛ぶオスプレイ訓練は、「現実的」な古謝県政下で現実のものとなるだろう。
■逆行
こうした既成事実を制度的に支えて固定化させることにも古謝知事は前向きだ。「有事」にそなえて自衛隊や海上保安庁へ便宜をはかる「特定利用空港・港湾」制度で、国管理の那覇空港は指定ずみだ。玉城デニー県政が指定に抵抗してきた県管理の空港・港湾が古謝県政下で指定されることも確実だ。
「有事」に自衛隊と米軍が使う空港・港湾は、「敵」の標的となる。その空港・港湾に宮古と八重山の住民を集めて島外に逃がし、沖縄島の住民は屋内避難でしのぐという避難計画は荒唐無稽でしかない。ジュネーブ諸条約の軍民分離にしたがって沖縄の空港・港湾の民間専用化を進めるべきなのに、逆の方向へと、日本政府と古謝知事は急ぎ向かっている。

