台湾AGC労組のストライキと、アサヒ硝子非正規職支会が切り開いた道

林芸(リン・ユン)/清華大学博士課程
10月5日午前8時、台湾中部・雲林県斗六市のディスプレイ用ガラス工場でストライキが始まった。会社の名は「艾杰旭(アイジエシュー)顕示玻璃」。日本の読者にわかりやすく言えば、AGC(旧・旭硝子)の台湾子会社である。雲林県で合法的な手続きを経たストライキは、これが初めてだという。労働組合によれば、会社は25年前の進出以来、全従業員を対象とする一律の賃上げ制度を一度も設けてこなかった。
この社名を聞いて、韓国・慶尚北道亀尾(クミ)の闘いを思い出す人もいるだろう。2015年6月30日、AGCの韓国子会社AGCファインテクノ韓国(AFK)の構内下請会社で働く178人が、労組結成からわずか1か月後に、携帯メール1通で解雇された。金属労組亀尾支部アサヒ硝子非正規職支会は9年間闘い続け、2024年7月、韓国大法院はAFKを実質的な使用者と認めた。同年8月1日、組合員21人が解雇から3321日ぶりに正社員として職場に戻った。日本で開かれた勝利報告集会に、100人を超える日本の労働者が駆けつけたことを覚えている読者も多いはずだ。
亀尾と斗六は「姉妹工場」だった
AGCが韓国と台湾にディスプレイガラスの拠点を設けたのは、ほぼ同じ時期だった。2004年5月の旭硝子のニュースリリースは、同社が42.76%を出資する韓国電気硝子との合弁を前提に亀尾に新会社を設立し、2005年7月に量産を始めると発表している。同じリリースには、100%出資の「旭硝子ファインテクノ台湾」(斗六)も登場する。2007年のリリースでも、両社は並んで海外生産拠点として紹介された。社名まで同じ「ファインテクノ」だった。
両地の政府はいずれも「雇用」を理由に同社を歓迎した。慶尚北道と亀尾市は、約10万坪の用地の50年無償貸与、国税5年免除、地方税15年減免など、約600億ウォン規模の優遇を与えた。台湾でも2005年、謝長廷行政院長(当時)が新工場の稼働式に自ら出席し、同社を「台湾の友であり、雲林の友」と呼んで全面的な支援を約束している。

台湾:25年間据え置かれた基本給
労組によれば、生産職の最低基本給は長年、1万9200台湾ドル〜2万6200台湾ドル(約8.8万〜12万日本円)の水準に据え置かれてきた。法定最低賃金を下回る基本給に手当を上乗せして、ようやく最低賃金の基準を満たす仕組みである。今年6月、県政府の仲介で会社は7月末までに全従業員の賃上げ案を示すと約束したが、9月15日に労組が受け取った答えは「なし」だった。沈全成委員長は工場前で80時間のハンガーストライキを行い、労組は10月5日、警告ストに入った。
会社は今年、基本給を引き上げたと主張している。しかし現地報道によれば、基本給2万7200台湾ドルに年中・年末賞与各3か月分を加えた年18か月分の賃金が、今年は基本給3万600台湾ドル・年16か月分に改められただけだった。2万7200×18も3万600×16も、答えは同じ48万9600台湾ドルである。基本給は12.5%上がったように見えるが、年間総額は1元も増えていない。賞与2か月分を基本給に付け替えたにすぎない。
東京では賃上げ、台湾では据え置き
労組が比較の対象にしているのは東京だ。日本の報道によれば、AGCは2022年に組合員平均6.09%、2023年に6.36%の賃上げを行い、原則として2030年まで賃上げを続ける方針を示した。これに対し台湾の会社側は、日本本社の主力は半導体で、台湾はパネル需要の低迷で事情が違うと反論する。だが会社は、労組に財務諸表すら開示していない。むしろAGC自身が発行した『統合報告書2026』は、2025年のディスプレイ事業について、出荷増により売上が伸び、収益性が着実に改善したと記している。
同じ報告書の62ページには、より明確な記述がある。AGCグループは各社が所在する国・地域の同業他社の報酬水準をベンチマークに賃金を決めており、日本のAGC株式会社は2022〜2025年に毎年約5〜6%の賃上げを実施した、というのである。台湾の労働者の賃金を決めているのは、グループがいくら稼いだかではなく、台湾の同業他社がいくら払っているかなのだ。

こうして見ると、AGCグループの中には三つの層の労働者がいる。毎年賃金が上がる日本本社の正社員、現地相場に縛られた海外子会社の正社員、そして海外子会社で最もきつい工程を担う下請労働者。かつての亀尾のGTS労働者たちは、まさにこの第三の層だった。会社の内部文書「Sプロジェクト」が労組結成の可能性まで想定してリストラを準備していたこと、労組結成からわずか1か月で解雇のメールが届いたことは、この層がいかにたやすく切り捨てられるかを物語っている。国境、法人格、請負契約――層と層の境界は、そのまま責任の境界でもあった。大法院がAFKを実質的な使用者と認めるまでに9年を要したのは、そのためである。
皮肉なことに、AGCは長期経営戦略「2030年のありたい姿」のなかで、「公正・安全な働く場の創出」を自社が貢献すべき社会課題に掲げている。その「公正」は、まだ国境を越えていないようだ。
旧植民地の労働者たちが拒むもの
旭硝子は1907年、三菱の二代目当主・岩崎弥之助の次男、岩崎俊弥によって創業された。1925年には南満洲鉄道と共同出資で大連に昌光硝子を設立し、帝国とともに海を渡っている。韓国では、国務総理所属の委員会が確定した現存する強制動員企業299社のリストに、旭硝子(韓国語表記「아사히유리」)の名がある。

もちろん今日のAGCは帝国ではなく、賃金格差の直接の原因は多国籍企業のコスト管理にある。しかし賃金の高低が、かつての帝国と植民地の境界に沿って引かれるとき、旧植民地の労働者たちの抗議はもう一つ深い意味を帯びる。台湾の労組は「二等市民」扱いを拒むと訴えている。亀尾の労働者たちも9年間、メール1通で捨てられてよい人間などいないと言い続けてきた。
野の花は、もう一度咲く
亀尾の解雇者たちは、自らを「野の花」と呼んだ。9年後、彼らは正社員として工場に戻り、2026年2月の差し戻し審も違法派遣の有罪判断を維持した。野の花はついに咲いた。そして今、海を隔てた斗六で、同じ会社の労働者たちがその道を歩き始めている。アサヒ硝子非正規職支会が9年かけて切り開いた道である。
亀尾の闘いが日本の労働者の連帯に支えられて勝利したように、斗六の闘いにも国境を越えた連帯が必要だ。そして、賃金のあり方を決めている本社は東京にある。AGC本社のお膝元にいる日本の労働者・市民の声は、台湾の労働者にとって何よりの力になるだろう。亀尾で咲いた野の花が、斗六でも再び咲くことを願っている。
*参考資料
雲林県初の合法スト:《聯合報》 https://udn.com/news/story/7326/9783795
一律賃上げ制度の不在・日本との比較:《中國時報》2026年9月30日 https://www.chinatimes.com/realtimenews/20260930003378-260405
最低基本給1万9200・2万6200台湾ドル:中央社 https://tw.news.yahoo.com/%E8%89%BE%E6%9D%B0%E6%97%AD%E5%B7%A5%E6%9C%8310%E6%9C%885%E6%97%A5%E7%BD%B7%E5%B7%A5-%E5%8B%9E%E5%8B%95%E9%83%A8%E7%B1%B2%E8%B3%87%E6%96%B9%E9%87%8B%E5%96%84%E6%84%8F-073702352.html
6月の仲介・9月15日の回答:《Newtalk》2026年10月5日 https://newtalk.tw/news/view/2026-10-05/1063700
80時間ハンスト・警告スト:《自由時報》 https://ec.ltn.com.tw/article/breakingnews/5589457
賞与の基本給への付け替え(18か月→16か月):Yahoo奇摩新聞 https://tw.news.yahoo.com/%E8%89%BE%E6%9D%B0%E6%97%AD%E5%8B%9E%E8%B3%87%E5%8D%94%E5%95%86%E6%9C%AA%E9%81%94%E8%AA%BF%E8%96%AA%E5%85%B1%E8%AD%98-%E5%B7%A5%E6%9C%83%E6%B1%BA%E8%AD%B010-5%E8%B5%B7%E4%BE%9D%E6%B3%95%E7%BD%B7%E5%B7%A5-043515989.html
財務諸表の非開示・「二等市民」:《Newtalk》2026年9月29日 https://newtalk.tw/news/view/2026-09-29/1062395
日本本社と比較できないとの会社側主張:LINE TODAY https://today.line.me/tw/v3/article/BEmogzN
AGC 2022年6.09%賃上げ:東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/articles/-/610031
AGC 2023年6.36%賃上げ・2030年まで継続:時事通信(ビジネス+IT) https://www.sbbit.jp/article/refers/117254
ディスプレイ事業の収益改善(pp.25–26)、国・地域別の報酬ベンチマークと日本の5〜6%賃上げ(p.62):AGC Integrated Report 2026 https://www.agc.com/en/sustainability/pdf/agc_report_en_2026.pdf
「公正・安全な働く場の創出」:AGC 2022年2月 適時開示 https://www2.jpx.co.jp/disc/52010/140120220207582358.pdf
創業者と三菱:ニュースイッチ https://newswitch.jp/p/24791
1925年 大連・昌光硝子:兒玉州平『三菱史料館論集』第25号(2024) https://researchmap.jp/kodamas/published_papers/45930159/attachment_file.pdf
強制動員企業299社リスト:プレシアン https://www.pressian.com/pages/articles/137062
2004年 亀尾新会社・韓国電気硝子42.76%・台湾子会社100%:旭硝子ニュースリリース 2004年5月24日 https://www.agc.com/news/pdf/20040524.pdf
2007年 海外生産拠点:旭硝子ニュースリリース 2007年10月4日 https://www.agc.com/news/pdf/20071004.pdf
亀尾での約600億ウォンの優遇:プレシアン https://www.pressian.com/pages/articles/137062
謝長廷行政院長の発言:台湾行政院 2005年5月11日 https://www.ey.gov.tw/Page/85695CF8981C15BD/80f28c20-e06b-4872-a609-2c526aa67aa9
メール解雇178人・3321日ぶりの復職:時事IN https://www.sisain.co.kr/news/articleView.html?idxno=53716
Sプロジェクト文書:時事IN https://v.daum.net/v/9PapukOJGR?f=p
「野の花」・GTSの請負構造:京郷新聞 2024年8月1日 https://www.khan.co.kr/article/202408011212001
大法院判決(2024年7月11日):京郷新聞 https://www.khan.co.kr/article/202407111624011
差し戻し審の有罪維持:ソウル新聞 2026年2月1日 https://www.seoul.co.kr/news/society/2026/02/01/20260201500009日本での勝利報告集会:労働と世界(民主労総) http://worknworld.kctu.org/news/articleView.html?idxno=505414

