浅井健治

 大ベストセラーとなった前著から5年、斎藤幸平は本書を次の"反省"の弁から始める。「気候危機の克服を訴えた拙著『人新世の「資本論」』も今、振り返れば楽観的すぎた」

 しかし、楽観的にせよ斎藤が気候危機に正面から向き合っていたことは間違いない。反省しなければならないのは、斎藤の訴えに真摯に応えようとしなかった読者のほうではないだろうか。どれほどの読者が実際に斎藤とともに気候危機克服の行動に立ち上がっただろうか。レイバーネット会員のみなさんはどうだっただろうか。

 わたしにもこんな経験がある。2021年11月、英国グラスゴーで開かれたCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)を受け、「気候正義の実現へ/COP26雑感」と題した文章をあるところに発表した。「人新世の気候危機の最前線にいるグローバル・サウスの人びと(ノースのマイノリティや非正規労働者やエッセンシャルワーカーたちも含む)とともに歩んでいこう」と呼びかけたのだが、驚くほど何の反響もなかった。
 そこには日本の市民運動とくに反原発運動の中に根強い「地球温暖化懐疑論」「気候変動否定論」の影響があったのかもしれない。だが、以来5年、今や「気候崩壊」とまで呼ばれる異常気象、自然災害の多発、それによる被害の甚大化は誰も見て見ぬふりができない現実となっている。

 重要なのは、気候崩壊が戦争や軍拡、人権侵害、移民排斥といった今日の世界の「病的現象」と分かちがたく結びついていることだ。斎藤は言う。「欠乏と収奪の時代に誘発されるのは、弱者を征服し、支配する権威主義的な統治である。…1%の強者と99%の弱者の格差はますます拡大していく」

 気候危機を超階級的な現象ととらえる向きも少なくない中で、ずばり的を射た分析だろう。斎藤はこうも告発する。「犠牲になるのは、まずは貧しい地域や弱い人々である。慎ましく暮らしを営んできた人々は、これまでも資本主義の利潤獲得競争の犠牲になり、不当に搾取・抑圧されてきたが、今回も真っ先に最も大きな被害を受ける。気候変動に対する直接的な責任がないのにもかかわらず」

 そうだ。問われなければならないのは「資本主義」そのものだ。気候ファシズム、テクノ・ファシズムへと暴走する人新世の資本主義を止めることはできるのか。斎藤が提唱するオルタナティブは「緑の戦時経済」「環境弱者による『エコロジー独裁』」「〈コモン〉をつくり出す計画経済」である。そのオルタナティブ実現に向けて一歩を踏み出した国がある。南米のコロンビアだ。

 2022年に当選したペトロ大統領率いるコロンビア初の左派政権は、化石燃料の新規探索・採掘を許可しないことを決定し、実際この4年間新たな採掘許可を与えていない。「命のための経済」を掲げ、脱炭素化と富の再分配、コモンの再構築を通じて経済を生活に即したものに変革しようと試みている。斎藤も本書刊行後の5月初め、首都ボゴタで開かれた国際会議「命のための経済:新たな国際経済秩序に向けて」に招かれて参加し、気候正義と脱植民地主義を二つながらに達成しようと構想する人びとの姿に深い感銘を受けたという。

 本書では触れられていないが、コロンビア第2の都市サンタマルタでは4月末、化石燃料からの脱却をどう実行に移すかを議論する初の国際会議が開かれた。コロンビアはまた、ガザ・ジェノサイドを止めるため国際司法裁判所(ICJ)勧告などの履行を求めて創設された「ハーグ・グループ」で南アフリカとともに共同議長を務めている。気候崩壊と、それが拍車をかける大国の自国優先主義・国際法無視に立ち向かうグローバルな闘いの先頭に立っているのが、コロンビアなのだ。

 だが残念なことに、6月21日に行われたコロンビア大統領選の決選投票で、ペトロ大統領の後継候補が米トランプ政権の公然・隠然の支援を受けた右派候補に敗れた。気候崩壊に対処する諸施策を実行しようとする国家は、気候ファシズム・テクノ資本主義の権威主義勢力によって打倒される運命にあるのだろうか。

 悲観的にならざるを得ないが、斎藤は前を向く。「変革に向けた取り組みは地域や都市からでも可能だ。反動化する米国におけるニューヨークの奮闘のように」と。とはいえ、そのためには変革のビジョンを「暗黒社会主義」だとか「エコロジー独裁」だとかとネーミングすることはやめたほうがいいのではないか。わたしは、マムダニ市長(写真右)率いるニューヨーク市政の合言葉《Affordability=暮らしやすさ》と、パレスチナ解放闘争の合言葉《Right of self-determination=自己決定権》を組み合わせて《誰もが暮らしやすさと自己決定権を保障される社会》をスローガンとすることを提案したい。

 『世界』7月号の高橋哲哉との対談で、斎藤は「第二のグレタや第二のマムダニが日本から出てくるように、理論の構築と地道な運動を続ける」と決意を述べている。第二のマムダニ、それは斎藤幸平その人ではないだろうか。2年後、東京都知事選挙がある。ニューヨークで民主主義的社会主義者が市長になったのなら、東京で脱成長コミュニストが都知事になっても何ら不思議ではない。『人新世の「黙示録」』に共感・共鳴したみなさん、ぜひ「斎藤幸平を都知事に勝手連」運動を始めませんか。(敬称略)