イベント詳細

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投稿者:市原みちえ
10/18 プリズンアカデミーカフェin青猫書房
2026年 第3回~死刑と司法を考える~

刑務所の中にも選挙権はあります!

トークゲスト 八木橋健太郎さん
(元受刑者。受刑者選挙権訴訟の原告として、受刑者にも憲法上保障された選挙権が認め
られるべきであると主張し、現在、最高裁判所の大法廷で係争中の訴訟に取り組んでい
る。また、刑事施設における処遇を巡る国家賠償請求訴訟では、弁護士に依頼せず本人
訴訟でひげ剃りの強制等の違法性を争い、一部勝訴判決を得た。受刑者であっても法の
支配と基本的人権は尊重されるべきであるとの考えから法律を独学で学び、現在も本人
訴訟による活動を続けている。顔を出し、実名で報道機関の取材にも応じながら、日本
の刑事司法や受刑者の権利について社会に問い続けている。)
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日時:2026年10月18日(日)13:30~16:00(受付13:00)
会場:青猫書房 東京都北区赤羽2-28-8(03-3091-0408)https://aoneko-shobou.jp
参加費: 1,000円(ユース25歳まで/生活困窮の方、半額割)
主催・問合せ いのちのギャラリー(090-9333-8807、市原みちえ)

八木橋健太郎さんを知ったのは、ちょうど、高市氏が首相就任3か月で衆議院を解散し
て直後、急遽、真冬の総選挙に入った頃のことです。元受刑者が、選挙の投票に関して
の自治体の措置により投票の権利を行使できなかったのは、憲法違反と訴えて上告。 最
高裁が大法廷を開くと八木橋さんご本人に通知したことを報じたネットニュースをみた
からです。基本的権利がないかのように扱われる日本の受刑者ですが、法律を学んで闘
うようになったのは、なぜ?一緒に、お話を聞いてみませんか?

⭐ なお、いのちのギャラリー主催の「永山則夫の残したもの展示会」 が、同じ会場で
、以下の日程で開催されます。
見学無料です。どうぞ、おでかけください。

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2026年9/30~10/26 
第11回永山則夫が残したものin青猫書房
永山則夫の虚像/実像
見学 無料

日時 2026年9月30日(水)〜10月26日(月) 11時〜18時 日曜17時まで
会場 青猫書房 東京都北区赤羽2-28-8  電話03-3901-4080 火曜日定休日
アクセス  JR赤羽駅北改札東口から徒歩約10分
https://aoneko-shobou.jp/
主催・問合せ いのちのギャラリー (090-9333-8807 市原)

ご挨拶
「第11回 永山則夫が残したもの」では「永山則夫の虚像/実像」をテーマに、死刑囚
・作家永山則夫の遺品を展示します。

永山は19歳の時、4人を殺め、逮捕されました。逮捕後は拘置所での独学による反省を
経て、手記や小説などの出版を通じ、罪を犯したものとしての責任を果たそうと努めま
したが、1997年の死刑執行によって命を絶たれました。

「少年連続殺人犯」としてセンセーショナルに報道された1969年の逮捕当時から現在に
至るまで、永山をめぐっては、数多くのイメージが世の中へ流布してきました。その中
には特定の意図や演出によって作り上げられた、歪んだ人物像も少なくありません。

では一体、永山とはどういう人物だったのか? 残された遺品を公開し、テレビや新聞
が伝えない真の姿を探りたいと思います。

ぜひ足をお運びください。

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主な展示予定品(※期間中 展示品の交換がある可能性もあります。ご了解ください)

▼『無知の涙』

永山則夫が獄中で綴ったノートをまとめたものです。永山則夫は獄中で字を学び、本格
的な読書を開始しました。本書に収められた詩や散文は、そのまま、当時の永山の精神
的なドキュメントとなっています。1971年合同出版より単行本が発売されたのち、73年
には角川文庫に、90年からは河出文庫にて増補新版が発売されました。本書はロングセ
ラーとなり、現在でも多くの人に読まれつづけています。


▼『木橋』

1984年立風書房より発売された第一作品集です。表題作の『木橋』は新日本文学賞を受
賞しました(審査員は佐木隆三、小沢信男、鎌田慧、中島誠、長谷川龍生)。永山の幼
年時代をモチーフに、新聞配達をしている主人公N少年の使う「木橋」が洪水で渡れな
くなった一日を物語ります。抒情的でありつつ、どこか乾いた筆致が高く評価されまし
た。永山は「受賞のことば」で、「へこたれないで書いておくべき事々を、これからも
力のかぎり書いていくつもりです」と抱負を語っています。

▼『華』

死刑執行によって未完となった、大長編です。永山の死後、1997年に河出書房から全四
巻というボリュームで発売されました。莫大な資金力と頭脳、行動力、人脈を備えた容
姿端麗な主人公とその仲間たちが活躍する、ある種のユートピア小説となっています。
永山は地図や観光ガイドブックを駆使し、東京の街を克明に描写しました。永山は90年
の死刑確定して2年後、92年に執筆をはじめ、獄中でこの小説を書き継いでいきまし
た。

▼ペンダント、鍵、質札。ドライバー。永山則夫が逮捕された時、身につけていたもの
です。1969年4月7日午前1時6分ごろ、渋谷区にあったビジネススクールに侵入、事務室
を物色中にガードマンに発見され、発砲して逃走。同日午前5時8分、渋谷区代々木の路
上にて、拳銃不法所持の現行犯で逮捕されました。逮捕当時、19歳でした。

▼文房具、鉛筆、消しゴム、ボールペン

死刑執行後、返却されたものです。

▼Tシャツ

永山は1967年の逮捕から死刑が執行された1997年まで、28年間もの長きにわたって勾留
されていました。このTシャツは永山が晩年に着用していたものになります。死刑執行
後、返却されました。

▼ハンガー(初公開)

市販のプラスチックハンガーの金属部分を取り、文具用の紐で吊るせるように加工して
あります。理由は不明ですが、永山本人の手で加工されたようです。死刑執行後、返却
されました。

▼手編みソックス(初公開)

永山則夫は8人きょうだいの家庭に生まれました。第7子になります。逮捕後、長姉以外
に獄中の永山へ差し入れをしたものはおらず、この靴下は長姉が編んだものと推定され
ます。永山の幼少期の家庭環境は過酷なものでしたが、やさしい長姉の存在は、永山に
とって心の拠り所であったようです。自伝小説においても、重要な人物としてしばしば
登場しています。

▼新聞・スクラップ

本人が保存していたものです。自分に関する報道は、1968年に4人を殺めた事件から
1969年4月の逮捕、同年8月の初公判に始まる裁判関係、結婚や離婚といった私生活に関
するものまで、事後的に、またはリアルタイムで目を通していました。

▼「青森行き 記録」(「あつめる会」発行/1976年2月)

正式名称は「“連続射殺魔”永山則夫の裁判の現状を知りカネを集める会」となります。

▼2足の革靴

など。