永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

不思議な思いがずっと尾を引くドキュメンタリー映画を観た。試合にはほとんど出なかったにも関わらず、26年間プロサッカー選手として名門チームと契約を結び、ブラジルサッカー界を生きのびたカルロス・カイザーの実話。2017年の作品。まさに詐欺師っぽいのだが、観た印象は、愛すべきとまではいかないが、決して嫌ではないのだ。彼の本名は、カルロス・エンヒキ・ラポーゾ。だがカイザーつまり帝王と呼ばれた。カイザーは卓越したサッカーの技術はまったく持ち合わせていなかった。彼が持っていたのは話術と機転。仮病を使うことは日常茶飯事。親分に取り入る才能は誰にもまねできなかった。
あるとき、試合に出場しその力を問われる場面が訪れる。すると彼は突然スタンドのフェンスをよじ登り、ファンと乱闘。試合開始前にレッドカードをもらってしまう。その結果、試合に出なくてよくなった。どうしたのかと会長に問われた彼はこう言う。「だって、お客の中に会長の悪口をいう奴がいたんです。黙っておれなくてつい手が出てしまいました」。それを聞いた会長は涙ぐみ、見事契約延長を手にした。
だがなぜそこまでして、カイザーはプロのサッカー選手であり続けたかったのか。話が進むうちに、カイザーの生い立ちや家族のことがわかってくる。どうやら生きていくために背に腹がかえられなかったようなのだ。映画の後半、彼自身の独白が出てくるが、苛酷な人生が明かされる。
映画には、ブラジルのストライカー、レナト・ガウショや、日本で代表監督も務めたジーコも出演する。サッカーの求道者とも言われるジーコは、カイザーを批判するものの恨んではいないようだった。そうなのだ。出てくる選手はみな彼の嘘を知っていたが、許してもいたのだ。これってどういうことなんだろう。
リオデジャネイロは極端な格差社会。栄光のプロサッカー選手になれば、何もかも手に入れることができる。子どもの頃から苦労また苦労だったカイザーは、地位と特権を手に入れ、新しい人生を手に入れるために26年間一か八かの勝負を続けたのだった。
映画は吉祥寺アップリンクで観た。上映後のトークでは、ブラジルに28年間住みワールドカップの取材を続ける藤原清美さんと、ジーコの通訳を務めた鈴木國弘さんが興味深い話をされた。藤原さんは言う。「この映画はリオデジャネイロをよく描いている。リオは多様性とサッカーへのリスペクトがあふれた街。カイザーは実は何も他者から奪っていないところがすごい。」鈴木さんはカイザーへの嫌悪感を表明しつつ、情報過多の時代には起こりえない伝説として、興味深い作品だと語った。ジーコを尊敬し、誠実なジーコがからだにすっぽり入るような仕事をしてきた鈴木さんならではのコメントだった。
わたしは、むかしテレビのドキュメンタリーで、詐欺師を主人公にしてしまったという苦い体験がある。放送から20年経って自分で検証し、世の中に対して謝罪の文章を発表した。しかし、詐欺師の話は面白く魅力がいっぱいなのだった。不明を恥じる。
この映画は、せちがらい現代にあって、奇跡のような物語。まじめな方にとっては許しがたいかもしれないが、生き延びよう、いろんな知恵を使って生き延びようと思わせる作品であった。
★『カルロス・カイザー~サッカー至上最も奇妙な成功者』公式サイト⇒https://kaiser.negadesignworks.com

