永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

本来なら1年4カ月前に公開されていた中島哲也監督の最新作『時には懺悔を』を初日に観た。前作『渇き。』の撮影・編集における俳優への性加害。そしてその俳優の自殺未遂。だが、わたしの情報不足かもしれないが、監督や制作サイドからの短い説明が出されただけな気がする。この10年あまり、世界の映画界を揺るがしてきた制作現場での性加害問題について、ぜひきちんと向き合ってほしい。映画のタイトルがどこか皮肉な気がした。
さて、今度の映画はどうだろう。ただただ圧倒されしばらく席から立ち上がることができなかった。原作は作家の打海文三さんが32年前に発表した同名のミステリー小説。それをめくるめく展開の脚本に肉付けし、時空を超えて分厚く演出した。打海さんは19年前、2007年に亡くなっている。
それにしても役者さんがみなすごい。よくぞここまでそろえたものだ。圧倒的なのは満島ひかりさん。満島さんは探偵の先輩・西島秀俊さんについて尾行や調査を学ぶ見習い探偵。二人の探偵が監視するのは、二分脊椎症と水頭症を持つ8歳の新(しん)少年をたったひとりで育てる宮藤官九郎さんだ。盗聴器をしかけ、音を通じて父と少年のつつましい日々が次第にわかってくる。まるで、東ドイツの秘密警察・シュタージが市民を監視していた様子を描いた名作『善き人のためのソナタ』を観るようだ。
そして宮藤官九郎さん。元は調理師だったが、今は無職。妻を交通事故で失くした後は、言葉がしゃべれない新くんが発するサインを読み取り、彼を理解し、深い愛を注ぎながら暮らしている。
新少年を演じるスペシャルニーズの役者・しんすけさんも見事だ。目や顔全体の表情で演技する。石井裕也監督の『月』でも多くの障がいを持つひとたちが出演していたが、中島監督のまなざしの深さはまったく違う気がした。
思えば、わたしは大学時代、障がいを持つひとたちの心理学と教育学を学ぶ研究室に身を置き、重症児といわれる子どもたちが暮らす現場に通って実習を行ったが、人生において大切なものとはなにかを、厳しく問われる日々だった。
今回の映画の登場人物は、みな人間的に欠陥を抱え、仕事の仲間からは散々に言われ、家族のなかでも居場所がない。ダメダメなクズで、許されるはずがないことは、自分がよくわかっている。にもかかわらず、いやだからこそ、究極の場面で優しくひとを気遣うことができたりするのだ。タイトルは『時には懺悔を』だが、登場人物は、心の中で懺悔はいつも心の中で行っている気がする。そんな懺悔の日々の中で、時として究極の優しさがほとばしる。そんな性善説の映画なのだ。
映画の時代設定は、原作が書かれた32年前。探偵たちはまだ携帯電話を持っておらず、ポケベルが鳴ると急いで公衆電話に走った。そのもどかしい時差のなかに、人々の余白や思考の深度が生まれたような気がする。冒頭にも述べたが、こんなに素晴らしい映画をつくった中島監督。ぜひ前作についても心のこもった対応を願いたい。
★『時には懺悔を』公式サイト⇒https://www.tokizan.jp


