<アリの一言>

15日から新聞週間が始まっています。16日には第79回新聞大会(日本新聞協会主催)が行われ、次のような決議をあげました。
「日本新聞協会は今年、設立から80年を迎えた。戦後間もない1946年、全国の新聞社は倫理綱領の下に集い、民主国家としての日本の発展に尽くすことを誓った。その思いは変わらない。…新聞には…民主主義の維持と発展に寄与する役割が求められている」
素晴らしい建て前です。しかし、実態はどうでしょうか。
日本の新聞はじめメディアには、権力監視機能の劣化、ジェンダー格差・差別など多くの問題があります。なかでも、「民主主義」を口にするなら直ちに改めなければならないにもかかわらず、まったく省みられていない悪弊があります。
それは天皇・皇族報道において「陛下」「殿下」「〇〇さま」「~されました」などという敬語(絶対敬語)を使い続けていることです。
これは「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的または社会的関係において、差別されない」という憲法第14条第1項に明白に違反する差別報道です。メディアは日常的に差別表現を拡散していると言って過言ではありません。
しかもこの差別表現は、支配と被支配の関係と一体不可分です。
かつて評論家の松浦総三(1914~2011)は、メディアの「天皇報道」は「戦前となんら変わるところがない」として、次の3点をあげました。「第一に敬語報道であり、第二に誇大報道であり、第三に大本営ばりの宮内庁による報道統制であろう」(『松浦総三の仕事①マスコミの中の天皇』大月書店1984年)
そして松浦は「敬語」について、『世界大百科事典』(平凡社)の次の記述を引用しています(太字は松浦が傍点で強調した個所)。
「(敬語の)本来の地盤は敬意である。敬意は、優越者・支配者の優越を是認しその支配を積極的に受け入れる態度にもとづいており、被支配の感情である。その優越関係が一つの地位また階級について固定した用語で表される場合には絶対敬語といわれる。皇室敬語や<陛下><殿下><閣下><殿>の使分けなどはその例で、これは制度によって敬意が強制されたのである」
続けて松浦はこう述べています。
「傍点(太字)のところを、もう一回よく読んでいただきたい。天皇報道につかわれる敬語というのは、一言でいえば絶対敬語で、被支配者が支配者にたいして、支配をみとめて使用する言葉である」(前掲書)
日本新聞協会は天皇制権力による言論統制と自らの戦争協力の教訓・反省の上に立って1946年に発足したはずです。にもかかわらず今日も天皇制を維持する「絶対敬語」を使い続け、それに対してなんのためらいも見せていません。
これはメディアの根幹にかかわる問題です。新聞はじめメディアはこの問題をあらためて自己検証し、天皇・皇族報道の敬語(絶対敬語)を直ちにやめなければなりません。80余年前の過ちを繰り返さないためにも。
★アリの一言 ameblo.jp/satoru-kihara/

