<評者:大場ひろみ> 
毎木曜掲載・第443回(2026.7.23)

『それでも日本に原発は必要なのか?―潰される再生可能エネルギー』青木美希 著・文春新書2026・2月刊

 この本の中身に触れる前に、僭越ながら、WEB論壇誌『現代の理論』で筆者が連載している倉持忠助のことに触れておきたい。倉持は戦前、テキヤ(飯島一家傘下)でありながら東京市議会議員となり、電力を供給する東京市電気局の電力料金を値下げするために、他社から買うのでなく、東京市で発電して自営せよと主張した人物である。昭和初期に「今日以後の我々の生活は、全部電気に依て支配されるといっても過言ではありません。ところが今日その電気に依て、怖ろしい搾取を受けて居り、それが不当なものである以上、電気なるものの正体を見極めて」「先ず電気を常識とせよ」と訴えた。彼にとって電力会社とは、どんどん資本を統合して莫大な利益を上げる巨大企業であり、電力生産コストを計算するにも情報を提供しないので、それと闘うには知識が必要だという。これは今日、原発や再生エネについて考えるとき、十分な情報を与えられず判断に迷いがちな我々の状況にも当てはまる。重大事故を起こしながら、何故ここまで原発を維持・回帰したがる力が働くのかを、見極めるのも難しい。

 倉持のいう通り、電力会社は儲かるのだ。大正期から水力発電によって大量の電力生産が可能になり、福島、栃木、富山などから高圧電線を通して莫大な電力が運ばれるようになる。今日の地方で生産して東京などの都市で消費する構図はこの頃に確立された。その電力生産と発送電を個々の電力会社が握っていたために、既に電力供給過剰であった当時は供給先と供給量を各会社が争う「電力戦」が繰り広げられた。結果、調定と統合が繰り返され、五大電力(東京電灯・東邦電力・大同電力・宇治川電気・日本電力)といわれる巨大電力会社が生まれ、独占化していく。さらに総力戦体制下の国家統制によって地域ブロック化され、戦後の九大電力につながっていくのだが、この戦前から綿々と続く電力王国が、全ての源だ。

 さてそれにしても、私には戦後の国と電力会社の関係がわからない。エネルギー安全保障からいっても国は国策として、統制・管理する側なのは間違いないのだろうが、青木美希氏の暴く原発行政はどこまでも電力会社に引っ張られて、その利益を確保するために尽力しているようにしか見えないからだ。戦後の九大電力化に遡って考えた方がいいのかも知れないが、それはまたの課題としよう。

 原発において、電力会社にとって都合がいいのは、莫大な予算だ。何より研究開発予算は原子力(核分裂及び核融合)が全体の75%を占めている(1997年度)。対して省エネ・再エネは11%。また原発のコストにつぎ込まれる予算は、原子力予算、税制優遇、財政投融資を合わせて2兆1879億円(2002年度)。対して、再エネは5685億円。今後の使用済み核燃料処理費用は約18.8兆円(2004年電事連提出)。核燃料再処理を目指す六ケ所村の総事業費は15兆6200億円(2025年6月現在)。福島第1原発事故の処理費用や帰宅困難地域の除染費用は、電気料金に上乗せされたり、税金で賄っていく。電力会社は自己の責任や損失を国民に押し付けて費用を負担しなくて済む。

 このようなふざけた会社が存続する理由に、政治家と各関連会社の癒着がある。額賀福志、稲田朋美、甘利明、麻生太郎などの原発推進議員のパーティー券購入による資金提供や企業・団体献金が横行する。いくら献金しようが莫大な予算で返ってくるのだからやり放題だ。

 総理大臣になっても、彼等に逆らうことは出来ない(石破、岸田など)。また、電力会社や関連企業から各省庁に78人も出向している(2024年10月現在)。多大な犠牲を国民に押し付けて、電力会社は利益を上げる。「原発を動かせば、1日3億円の収支改善効果があると言われている」(青木氏にはこの数字の根拠を示してほしい)。関電の取締役1人当たりの平均報酬は、福島第1事故後、原発が止まっていた2014年度は1786万円、再稼働後の2018年度には4169万円にあがった。

 数字を並べているだけで胸糞が悪くなるが、かつて国には石油依存からの脱却を図る「サンシャイン計画」(1973年~)という、再エネ研究開発促進計画があった。1993年には「ニューサンシャイン計画」がスタート。太陽光発電の導入や太陽電池の供給量で一時期世界のトップに立ったが、2022年には世界での日本の太陽電池のシェアはたった0.2%。太陽電池の価格競争に負けたとかいろいろな原因はあるが、政策的バックアップの不足が大きいという。「ニューサンシャイン計画」に当初見積もられていた予算は1兆5500億円だったが、実際使われた予算は4000億円程度だった。先の莫大な原発関係予算を思い出してもらいたい。

 この本で救いなのは、再エネに取り組む人々の姿と、諸外国との比較である。オーストラリアは2022年の選挙で「オーストラリアを再生可能エネルギー大国にする」と目標を掲げた労働党が勝利し、2030年までに再エネを82%にする計画を立てている。長崎県五島市や戸田建設が進める浮体式洋上風力発電、福島で農業を営み、原発事故で暮らしを奪われた近藤さんが、農地でソーラー発電をする営農型ソーラーの設置に取り組む姿、また石油依存は海外にお金を奪われているだけだと、大分石油が太陽光発電や地熱発電に挑む様子など。それらの計画を進める際にも、土地の人々や環境保全に対し、対話と調査を前提にする姿勢など、原発を拙速に進め、福島第1の事故を結果的に招いた電力会社や国と対照的である。民間の小さな手からしか生まれないものを、電力が余れば原発の電力を優先して再エネを捨てさせるような政策で潰してほしくない。

 戦前の倉持忠助は、京都市が琵琶湖疏水に水力発電所を設置して、電力自営によって電気代を抑えたのを視察し、東京市も電力自営をと謳った。膨張する都市・東京の水がめとして計画された小河内ダムを、水力発電にも利用せよと提案したが、ダムは小河内村の人々に多大な犠牲を強い、戦争を挟んで、戦後に完成した。何事も誰かの犠牲によって誰かが利益を上げるように進めてはならない。エネルギー事業は効率や儲けではなく、公共的に担うものだというのが、戦前や原発重大事故の教訓だ。