堀切さとみ(映像制作者)

海がない埼玉県で、多くの人たちに愛された市民プール。2023年8月、惜しまれながら52年の歴史に幕を閉じた。理由は、義務教育学校(小中一貫の公立校)を建てるため。それなのに義務教育学校建設は、未だ入札が決まらず、プール跡地は今も更地のままだ。
太田信吾監督が、沼影市民プールを映画にしようとしているのは知っていた。映画は、無残にもスタンド席が壊されるシーンから始まり、最期の49日間を描き出す。キューブラ・ロスの「死の受容までの五段階」に見立てているのがおもしろい。余命宣告を受けたプールに人々が息を吹き込んでいく。
私は、さいたま市の小学校で30年も働いたくせに、地元で何が起きているのかまったく知らなかった。国道17号沿いに「沼影市民プール」の標識があるものの、行ったことすらなかった。
映画を観て驚いた。そこは、昭和の匂いがプンプンするワンダーランド。こんな場所が、つい三年前まであったんだ。
プールで泳ぐのを見てるのって、何て楽しいんだろう。とにかく映像がうまい。水中から、航空から、ウォータースライダーをすべるところなど、見事としか言いようがない。
子どもや大人や高齢者、スライダー兄さんと呼ばれる名物男や、性的マイノリティーどおしの出会い。さまざまな人たちが描かれるが、何といっても印象的なのが、プール監視員の若者たちだ。楽しい夏休みの学生バイトだと思っていた私の認識を変えた。「絶対に事故を起こしてはいけない」という彼らの使命感、日々の努力の積み重ねが、プールの安全を守ってきたのだ。
それに引きかえ市は、プールが閉鎖される事実を市民に知らせるために、どれだけの努力をしたのだろう。
行政vs市民という構図はハッキリしている。それなのに、この映画は、行政職員をも巻き込みながら作られているというからスゴイ。
太田監督は『私たちに許された特別な時間の終わり』(2013年)で、自殺した親友と残された者の喪失感を描いている。市民の喪失感を受け止められる、そんな行政であってほしいという願いが、少しは関係者に届いたのだろうか。
ご当地・さいたま市の劇場が満員なのは当然として、海外でも評判が高いこの映画。市民の立場としてだけでなく、映像制作の視点から見ても、学ぶところが大きかった。
★『沼影市民プール』公式サイト⇒https://numakage-film.com


