堀切さとみ

福島水素エネルギー研究フィールド(福島県浪江町)

 原発事故からの復興とは何か。
 「元の暮らしに戻ることだ」と多くの避難者、被災者はいう。叶わないことは承知の上で、それでもそう言うしかないのだ。
 しかし国が進める復興は、そうした住民の思いからかけ離れている。津波で家が流され、原発事故で人が避難を余儀なくされた地帯に、水素工場やメガソーラー、ロボットテストフィールドをはじめ、外から見ただけでは何だかわからない施設が連立するようになった。
 元の暮らしどころではない。「故郷は、自分たちの知らない別の町になってしまった」と、久しぶりに町を訪ねた住民は口々にいう。

 浜通りに、福島イノベーションコースト構想という新たな計画が持ち上がったのは2014年。原発事故からわずか三年の頃だから随分と早い。
 福島の人も双葉の人も、ほとんど何も知らされない中で、着々とすすめられていた国家プロジェクトだ。
 同じ時期に、当時の原子力災害現地対策本部長がアメリカ・ハンフォードを視察している。マンハッタン計画で多くの研究者や労働者が病気になったダメージから、どのように町を再生させたのかを学ぶためだ。
「マイナスからプラスへ」。最先端技術の研究開発を、あえて原発事故で壊滅した地域で行うことで、負のイメージを払拭しようという狙いだ。

800以上の企業、大学、研究機関が集まった(幕張メッセ)

 10月13日から16日まで、幕張メッセ(千葉市)で「シーテック」という先端技術の展示会が開催された。AIやロボットの研究開発を手掛ける大手企業やベンチャー企業、大学、研究機関が集まる会場で、初日『福島で試せ 世界を変えろ』と題するシンポジウムが行われた。福島イノベを担うスタートアップ企業の社長や、司令塔である「エフレイ」の代表など、四人が登壇した。

 その中の一人、福島第一原発1~4号機がある大熊町で「大熊ダイヤモンドデバイス」を立ち上げた星川尚久氏(写真左)は、ダイヤモンド半導体の研究をすすめている。
 これまであまり注目されていなかったが、3・11の原発事故によってチャンスを得たという。「ダイヤモンドは熱にも放射線にも強い。中のデブリを取り出すのに役に立つ」と自信をみせる。
 しかし世界中の英知を集めても、いまだ耳かき一杯ほどのデブリを取り出すのがやっと。そんなに簡単に行くものだろうか。
 
 曲がりなりにも「廃炉」のための研究だから、原発の近くでやるのは当然と思うかもしれない。当初私は、被災地で行われる研究は、防災のためのものだと思っていた。
 しかし、なぜ福島に会社を設立したのかという質問に、星川氏は答えた。「事故が起きた原発は世界中どこにもない。廃炉の現場って、研究者の目線から見ると一番過酷な環境。そんな一番厳しい所でダイヤモンドのテストができるのは素晴らしい。ここで乗り越えられた器械は、宇宙でも深海でも耐えられるだろう」。
 福島イノベの目玉であるロボットテストフィールド(南相馬市)では、陸海空ロボットの実証実験が出来るようになっていたり、20キロ離れたところから遠隔操縦できる無人車両が開発されたりしている。災害救助のためというより、戦争の為としか思えない。実際、2015年から安全保障技術研究推進制度が始まり、防衛分野での研究が産官学一体となって進められている。軍事研究は通常は秘密裏に行われるものだが、特定秘密の指定や防衛省職員による研究介入も行われず、2025年からは補助金制度も新設された。その額は年間129億円だという。

  もう一人、バスの運転士不足を解消するために、自走式ロープウェイなど新たな交通システムづくりに着手する「zip infrastrac」取締役の須知高匡氏(写真左から二人目)は、「スタートアップ企業はどこかの場所を借りて実験したくても、オーケーしてくれる自治体がない。そんな中で南相馬市が受け入れてくれた」と話す。大熊インキュベーションセンターの黒田敦史氏(写真右から二人目)は「福島に来てくれた企業には、恵まれた優遇制度がある。多種多様な補助金、税金は優遇される」と呼びかける。人がいなくなり、有り余る土地を自由に使って実験することができ、その上莫大な補助金が出る。こんな美味しいことはない。福島にはすでに400を超える企業が参加しているという。
 その一方で故郷を追われ、すべてを奪われた人たちは、あらゆる権利をはく奪され、戻れないことがわかっている土地に税金をかけられている。その不条理を、登壇者たちは想像したことがあるだろうか。

 星川氏はシンポジウムの最後に、こう結んだ。「廃炉はみんなの課題。子どもに『部屋を散らかしたら片付けなさい』というでしょ。でも、それで終わったら大人の仕事じゃない。廃炉を乗り越えたときに培った技術は、新しい産業を作り出す。3・11は確かに悲しい歴史だったかもしれないけど、あれがあったおかげで人類は新しいステージに立つことができたということ。それが大人のやることだ」
 原発被災地は、こうした人たちの手によって、巨大な夢の実験場になっているのだ。