第110回・2026年10月19日 掲載

「フランス各地で記録的な市民の動員」(しかしテレビに映らなかった)

 高校生運動の広がりに続く2026年10月17日は歴史に残るだろう。物価高騰に抗議する「黄色いベスト」運動の呼びかけに労組や左翼政党も賛同し、高校生・大学生など大勢の若者を含む無数の市民が参加し、フランス各地で巨大デモ(主催側発表80万人、警察発表55万)が行われた。大多数は平和的に、様々な要求と政府やマクロン大統領への抗議をウイットに富んだプラカードを掲げて歩いた。為政10年目のマクロン政権は、これまでで最も厳しいネオリベラル緊縮政策を進め(2027年予算もさらにひどい)、公教育、医療など公共サービスを破壊した一方、 超富裕層と巨大企業のみを優先した。多くの大人が高校生たちの要求に共感し、運動を支持したのも、これ以上我慢できないほど生活難が増大したからである。高校生運動とその他の分野の運動がこうして合流し、10月17日の大規模な動員となった。

 全国で90以上の行進、500以上のアクションが予定されていたが、それに対して政府は「厳しい治安維持」のみを語り、暫定的に使用が禁止された「包囲解除」手榴弾まで許可した。そして、たとえばパリのレピュブリック広場では、許可されたデモの出発14時以前に広場で演奏を練習していた「新世界オーケストラ」500人に対して、何の告知もなしに催涙ガスが放たれ、演奏は20分で打ち切られた。13時くらいから広場に集まってきた大勢の若者・市民にも催涙ガスが放たれ、デモの出発点に行けなくなった。この不条理な指示を誰が出したのか、不明だ。にもかかわらず、もの凄い人数の市民がデモコースに辿り着いて行進に参加し、マジェンタ大通りを北上してバルベスへ、そしてクリシー広場まで歩いた。この日は警察と極右を糾弾するスローガンに加え、「マクロン辞任!」というシュプレヒコールが目立った。

パリ市内のいたるところでデモと警官による催涙ガス

 治安部隊が濫用する催涙ガスや暴力を避けるために、またパリのあちこちに集合場所が呼びかけられていたため、デモコースとは別に自主的に動いた人々がいた。いたるところで自然発生の隊列が組まれたほど、街に繰り出した多数の群衆は誰も数えられないから、主催者発表より大勢の参加(全国で100万人以上)だっただろうと、デモ取材に慣れたジャーナリストはコメントしている。そして、「黄色いベスト」運動の時のように、マクロンと政府に抗議する大勢の市民は、パリの中心街や大統領官邸のエリゼ宮をめざした。いつもはデモが絶対に許可されない高級街にも人々が押し寄せ、ゴミ箱が燃えたり店のウインドーが壊されたりした。

 カオス的状況は、無能なのか意図的なのか、内務大臣がデモ動員数を全く過小評価して、大規模なデモが平和的に行われるまともな秩序維持をしなかったから起きたと言えるだろう。市民には憲法に保障されたデモする権利があるのに、マクロン政権下では「秩序維持」とはデモ隊(市民)に向けた催涙ガス弾や種々の武器と暴力の使用になってしまったように見える。10月17日にもサンテティエンヌ市で片手を失った人や、ミュールーズで片目を失った若い女性がいる。レピュブリック広場付近で取材していた独立ジャーナリストは足元に「包囲解除」手榴弾を打ち込まれ、破片をお腹にうけて緊急で病院に行かなくてはならなかった。この日に投げられた手榴弾2178、発射機から放たれた手榴弾9070、ゴム弾銃の発射数393という数字を見ると、1000人近くの警官や消防士の負傷と、破壊された市庁舎や略奪された商店についてのみ「暴力・暴動」を非難する政府にとって、これほど多数の手榴弾を受けたデモ参加者の負傷や受けた被害はカウントされない、つまり取るに足りないのだとわかる。

黄色いベストを纏った催涙ガス煙の中のマリアンヌ像

 治安や警察の暴力を研究している社会学者セバスチャン・ロシェによると、17日の治安維持「大失敗」は、内務大臣が情報局の情報を無視​か否認し、デモの規模を過小評価した(全国で11万、前日に15万人を予測)だけでなく、治安維持の対象を間違ったから起きたと分析する。情報局が把握しているはずの「壊し屋」に対する予防対策を行わず、高校生運動の初めから濫用してきた催涙ガスと手榴弾攻撃をデモ参加者に対して行使し、市役所や商店の護衛は全く手薄だった。大きな社会運動に対して、要求に応えて政治的な打開の道を探さなければ人々の怒りは募り、暴力行為も引き起こされる。

 ところが、主要メディア(とりわけ24時間テレビ)は政府のナラティブに従い、マクロン政権に対する民衆の激しい抗議と、その規模がわかるデモの映像は一切報道せず(それまでの高校生運動でも然り)、破壊の映像ばかり流して「暴徒」や略奪行為を強調した。燃えたリモージュの市庁舎や破壊された店の映像はたしかに衝撃的だ。しかし、それだけに焦点を当て、圧倒的多数の市民の抗議の内容に一言も言及せず、高校生・大学生の困難や物価の高騰に苦しむ人々という社会の状況、「暴力」を引き起こす要因を語らないのは、大本営発表のジャーナリズムである。それらのメディアはまた、未成年に片目や片手を失わせるほどの弾圧を行い、高校生や大学生を大量に逮捕した警察の暴力は問題にせず、未成年が受けた非道に全く不感症なのだ。一生障害者になる重傷を被った子どもの人生より、商店の破壊と小規模の窃盗を重大視する見地は、人間性の退廃と言えるだろう。社会、国家、資本主義、権力による暴力という概念は、そこには存在しない。

「自分の国の若者を侮蔑する国家はその国の未来を侮蔑する」

 ルコルニュ首相をはじめ政府は、カオスの原因を運動を焚き付けた「服従しないフランスLFI」のせいだと決めつけ、「警察を選ぶか共和国に逆らうか」という間違った選択肢を突きつけた。(不当な暴力を働く)警察を擁護することが共和国の擁護だと表明するのは、極右に政権を委ねるに等しい。

 それに対しLFIのメランションは、マクロン政権が大きな困難を抱える若者や人々の要求を聞かず、運動がどろ沼化するのを待ち、盲目的な暴力によって切り抜けようとするのは「黄色いベスト」など他の社会運動の時と同様だと説明する。10月17日のアクションは9月初めからSNSで知られていたのだから、首相や内務大臣は大規模なアクションの「治安維持」対策に全く失敗し、混乱が生じたと分析する。フランスの警官・憲兵の人数は約25万人。ローマ教皇の訪問の際には14万の警官が動員されたのに、17日は全国で10万人だけだったのは理解し難い。そして、「大規模な運動の際、危機の打開策として要求を聞き入れる必要がある。物価凍結、パルクールシュップ(進学選抜システム)の廃止、教育費の100億ユーロ増額などを決めるべきだ」と述べ、シラク元大統領が譲歩した例を指摘した。(1986年ドゥバケ法案反対運動、2006年CPE闘争の危機。コラム108 https://labornetjp2.org/news/261005pari/)

「強者の言い分はいつでも正しい」(学校で習うラ・フォンテーヌの
『狼と子羊』の冒頭の句。それにバツをつけて、評価は20点満点0点。コメントは
「倫理(道徳)を理解していない」

 10月18日(日)の夜、高校生運動に対して無言だったマクロン大統領が初めてテレビ演説を行ったが、彼らの要求を「正当」と表現しながらも、種々の団体代表が「一緒に話し合う」ほかには何も提案しなかった。政権は「どろ沼化」を突き進めることを選んだのだ。マクロン得意の上っ面だけの不誠実な演説に、デモ参加者たちは改めて侮蔑を感じたことだろう。高校生組合と大学生組合はとっくに10項目の要求を発表しているのだ。

 フランス共和国の理念「自由・平等・友愛」を理解し、その実現を求める若者たちは、「若者を侮蔑する国家は未来を侮蔑する」とプラカードに記した。それがわからず、共和国の理念を侮る為政者たちのせいで10月17日、レピュブリック広場のマリアンヌ像(共和国の象徴)は催涙ガスの煙に包まれた。マリアンヌ像が纏った黄色いベストには、「2026年 警察は高校生に重傷を負わせ障害者にする」と書かれていた。だが、勇敢で正義感と倫理観を備えた若者たちが引き起こした連帯の波動は、さらに広がるだろう。

 2026.10.20  飛幡祐規(たかはたゆうき)

●コラム109 歴史を刻むフランス高校生運動と若者たち
https://labornetjp2.org/news/261013pari/
●ヌーヴェル・フランスがつくる「共同の未来」(フランス大統領選について)連載
https://note.com/yukris/n/n15f8f5f72e27