第107回・2026年7月24日掲載

「殺人許可」法反対(パリの国会近く)

気候変動に対する無為

 日本でのフランスについての最近のニュースはおそらく猛暑、フォンテーヌブローの森の大火事などだろう。5月後半から7月前半にかけて、例外的な猛暑に3度も見舞われた(ヨーロッパの他の地域でも)ことは、気候変動(温暖化)が加速している証拠だ。フランスは2003年の猛暑で例外的な多数の死者を出し、その後も定期的に大規模な山火事、干害、大雨と洪水など極端な気候現象に襲われている。その都度、科学者が警鐘をますます強く鳴らしてきたにもかかわらず、歴代の政府は根本的・効果的な対策をほとんど何も講じてこなかった。環境団体がフランス政府を「気候変動に対する無作為」で訴えて有罪の判決を受けてたりしても、何も変わらなかったのだ。

 緊縮政策を続けたマクロン政権は、たとえば空中消火専用航空機の修復と4機の追加を約束したが、2024年2月に当時の首相アタル(マクロン与党の書記長、大統領選への出馬を表明している)は予算削減の過程でそのうち2機の発注を取り消した。今回、そのことが問題にされるとアタルは事実を否認し、ルコルニュ内閣の大臣たちもを絶対に非を認めない。101のうち99県に全域あるいは部分的に水の制限指示が出され、水不足と排水温度の上昇のため、原発3機が停止、7機が出力制限を行うほどの猛暑でも、クーラーがきいた場所にしかいない彼らは現実から乖離したままなのだ。

 一方、スーパー、映画館、大企業などを除くと、四半世紀前までは夏にたとえばパリで30度を超える日は稀だったフランスでは、一般の家屋や共同住宅、オフィス、病院、学校、老人ホームなどでクーラーはあまり普及しておらず、近年企業などでは増えたとはいえ、一般市民の多くは高い温度に適さない住居・建物で暮らしている。冬は寒く夏は暑い耐熱効果が低い住居(とりわけ社会住宅)が多いため、ようやく耐熱改修を促進させる政策(援助金の交付)が施行されたが、近年はなんとその予算が大幅に削減されただけでなく、今期の国会では耐熱が悪い住居の賃貸を禁じた措置を逆に廃止する法案まで政府は提出した。首相は緊急にクーラーを多数発注すると述べたが、実際には病院、高齢者施設、学校に行き渡る量の供給は行われていない。6月の大学入学資格試験バカロレアや中学終了試験を、学童は30度以上の試験場や教室で受けなくてはならなかった。気候変動が近年は加速されて災害が増えているのに、抜本的どころか緊急の対応措置も満足にできない無計画性、その一方で軍備と原発推進には強硬に予算をあてて進めるマクロン政権のやり方が再び明らかになった。

「殺人許可」法反対

「殺人許可」法案

 ヴァカンスシーズンの7月に入っても臨時国会は14日の革命記念日後の22日まで続いた。多くの市民が猛暑に苦しむ中、7月7日にとんでもない法案が可決された。何の緊急性も必要性もなく、「警官・憲兵(治安部隊)が発砲した際には正当防衛と推定する」という法案が十分な討議もされず、賛成313(極右と保守の議員全員、マクロン与党陣営の大多数)、反対199(左翼、マクロン与党と中道の少数)で採択されたのだ。

 この法案は2007年の大統領選で極右の国民連合の候補、ジャン=マリ・ルペンの政策綱領にあったもので、極右の警官組合が常に求めてきた措置である。「人権の国」のイメージとは裏腹に、フランスは警官・憲兵の発砲で殺される人がヨーロッパで最も多い。警官の発砲は法治国家においては、他の人々や生命を守るために必要不可欠な場合に限られ、それも状況に釣り合った対応でなければならない(致命的な身体箇所を狙わないなど)。ところが、オランド社会党政権カズヌーヴ内閣下の2017年2月、警官の命令に従わず車を止めない者がいた場合などに発砲を許可する法律が採択された。

 それは「必要不可欠で状況に釣り合った」措置だと主張されたが、現実には以後、命令に従わずに止まらない車に対して警官が発砲し、運転手や時には助手席に座っていた市民が殺されるケースが5倍に増えた(2011〜2017年と2017〜2022年の死亡者数を比較した3人の研究者による調査)。その後も発砲数(死亡数)は増える傾向にあり、2023年6月にパリ郊外ナンテールで至近距離で射殺されたナエルの事件は、多くの市民に衝撃を与えた。この例では、警官は初めナエルが命令に従わず危険があったから発砲したと虚偽を述べたが、その場面を撮影したビデオがSNSに流れ、危険が不在で不当な射殺であることが明るみに出た。(http://www.labornetjp.org/news/202”/0705pari)

 この例のように、移民系の若者が職務質問や検問を受けて不当な暴力を被るケースは多発しており、それは都市郊外などに住むアラブ系や黒人の若者に対するレイシズム・偏見が治安機関の中に体系的にあることを示している。しかし歴代の内務大臣と政府はその体系的レイシズムを否認するどころか、多くの場合、組織内の監査局と判事は警官や憲兵の言い分を正当化し、稀に有罪判決と処罰が決められてもごく軽い内容なのだ(人権同盟LFHによると2017〜2026年の437件の発砲事件で有罪は2%以下)。ナエル射殺についての訴訟では、加害者警官の罪状を高等裁判所が「意図的殺人」から「殺意のない暴力による致死」に変更した。ナエルの家族は破棄院(最高裁にあたる)に訴え、今年6月12日に破棄院は再びこの罪状を却下し、控訴審が再び行われる予定になった。加害者が至近距離で胸部に発砲し、もう一人の警官が「撃て」と叫んだ映像がありながら、加害者側の主張に準じた政府や高等裁判所の判断が破棄院で却下されたのは、ナエルの家族や支援者たちに希望をもたらした。

 ところが、去る7月7日に可決された警官の発砲の際に正当防衛を推定する法案が制定されたら、警官側の主張が優遇され、加害者の警官や憲兵がほとんど処罰されないこれまでの傾向がさらに助長される。武装した警官が主観で非武装の市民に発砲した際に「正当防衛」と見做すことはつまり「殺人許可」なのだと、司法界、人権団体や多くの市民は警鐘を鳴らして猛反対している。現状では、発砲して市民が殺された場合、国家にはそれが「必要不可欠で状況に釣り合った」措置だったと証明する義務がある。したがってビデオ、証人の証言、武器や車など証拠物件の保管を確保できるが、最初から発砲の正当防衛を仮定するこの法律が施行されたら、被害者側の家族がそれを証明しなくてはならなくなる。つまり、司法警察による敏速な調査が行われなくなり、被害者側が訴える体制を整える前に、証拠が隠蔽・破棄される危険が大きい。人権団体に限らず、国連の人権委員会の「特別・略式および不当な裁判による刑の執行」部門の特別報告者は、治安要員の処罰免除性を助長する危険があると、フランス政府に対して撤廃もしくは根本的な見直しを要請した。

 市民は国会のサイトで法案に反対する署名を開始したが、ルコルニュ政府は保守党LRが提出したこの法案を、国会で十分な討議時間を設けずに採択できる憲法の条項を使って、スピード採択を行った。そもそも、国の構成員の一部(武装した警官・憲兵)に他者の生死を決める自由を与えることは法治国家の原則に反する上、フランスでは死刑は廃止されている。その異常さに気がつかずに強硬に採択した上、マクロン与党と保守、極右の議員は、短期間に73万人以上集まった署名が要請する国会討議を7月21日の立法委員会で却下した。国会サイトで50万以上の署名が集まった場合、本会議での討議を行なう決まりのはずなのに、マクロン与党は保守と極右と結託し、これまでも会派会合や委員会で過半数を得て、大勢の市民が署名した要請を握りつぶしてきた。反対市民側は、ヴァカンス明けの9月19日に大アクションを行なうことを決めた。

胎児・子どもの健康を脅かす殺虫剤再導入法

「緊急農業」法反対

 ヴァカンスシーズンまで続いた臨時国会では、とんでもない悪法が次々と可決された。7月20日、政府と与党は保守・極右政党と示し合わせ、胎児の脳などに害を与えるとわかって禁止された殺虫剤2種類を再び導入する「緊急農業法」を可決させた。これは昨年、220万以上の反対署名が集まり、医師会や癌に対抗する連盟、科学者、癌患者の団体、多くの環境団体と市民団体、左翼政党が反対したにもかかわらず可決された「デュプロン法」を、元老院(保守が過半数)が再び「緊急農業」法案に入れ込んで提出したものだ。殺虫剤の導入は昨年、憲法に保障されている「健康を享受できる環境で暮らす権利」に反する」と憲法評議会に却下されたのだが、その再許可を再び元老院が可決した後、両院代表審議(国民議会に提出する法案を調整する)でも維持された。

 この農業緊急法案はその上、猛暑で水不足や山火事が全国に広がっている中、輸出用作物を作るアグロビジネスの担い手である大規模農業の連盟FNSEAに属する一部の富裕農民に水の使用優先権を与えたり、大型農場の許可を促進させるなど、現在強化すべき家族経営など小規模農業や有機農業(アグロエコロジー)を逆に弱体化し、フランスの農作物自給(すでに自給できなくなっている)を致命的に後退させる内容なのだ。農薬使用の影響で、大人だけでなく若い層や子どもにまで癌やその他の疾患が増えていることが科学的に指摘され、環境と生態系の破壊が問題にされているのに、マクロン政権はアグロビジネスのみを優先して保守・極右と結託し(マクロン与党内にも少数の反対派がいたが)、生命と環境を破壊する法案を強行採択した。「服従しないフランス」LFIなど反対派は再び憲法評議会に訴える。

「緊急農業」法反対

 夜に国会で討議が行われ真夜中すぎに法案が採択された7月20日の夕方、アグロエコロジーの農民同盟の呼びかけで多くの環境団体と市民団体が国会近くに集まり、この法案を弾劾した。環境破壊を進める「不必要で有害で押し付けられる」大規模開発計画の数々に対して、多くの環境運動家が各地で行動を起こしているが、緊急農業法に反対する大きなアクションは10月3日に予定されている。LFIは2027年の大統領選で勝てば、これら公益に反し、生命と健康、環境と生態系を破壊する法律は全て廃止すると約束する。ごく一部の富裕層の利益のために公益を犠牲にする現在のネオリベラル経済理論をそのまま進めれば、人間、社会、地球は破滅にまっしぐら向かう。子どもと未来の世代のことを考えない人たちに政治をまかせてはならない。

 その他にも、刑罰だけ厳しくして予算は1ユーロも増やさず、予防対策を無視する児童への性加害に関する法案、フリーパーティの弾圧をさらに強化する法案、15歳以下のネット使用を禁止する法律(不可能だし市民全員の監視につながる)などが可決された。国会も休暇に入るので、最終的に採択された緊急農業法以外は秋から討議が再開される。温暖化対策や物価高騰など、市民が必要とする政策を行わず、市民の権利と自由を侵害する強権的な立法を次々と進めたマクロンは、極右の言説をとり入れ、フランスの法治国家からの逸脱を第五共和政で進めた大統領として歴史に記憶されるだろう。

 2026.7.23 飛幡祐規(たかはたゆうき)