
<東京東部労組・須田光照>
東京東部労組は7月25日夕、神奈川・相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で障害者が殺された事件から10年を迎えるにあたって追悼集会をJR亀有駅頭で実施しました。
集会には組合関係者のほかにもネットで案内を見たという人たちも参加しました。
みんなで犠牲者に黙とうを捧げるとともにマイクやプラカードで社会に蔓延している優生思想への反対をアピールしました。
2016年7月26日未明、施設に入所していた知的障害者19人が元職員の男性に刃物で刺殺されました。
この犯人は「意思疎通ができない重度障害者は不幸しか生み出さず、家族や社会にとって重荷であるため安楽死させるべきだ」という犯行動機を述べていました。
一方的に「劣った」とみなした命を排除・淘汰させる優生思想はこの犯人だけのものではありません。10年たった今も障害者や高齢者の福祉介護の現場では虐待が絶えません。殺された19人は氷山の一角です。
現役世代の「負担」を減らすことを名目に高齢者や終末期の医療を打ち切ろうとする政治家がいます。社会のお荷物だから早く死んでくれ、と言わんばかりの姿勢です。
尊厳死や安楽死の法制化を求める主張の裏にも命を選別する思想が潜んではいないでしょうか。
かつてナチス・ヒトラーはドイツ民族こそが世界で最もすぐれた民族であると称して障害者を組織的に抹殺しました。
日本でも「不良な子孫の出生を防止する」とうたう優生保護法が1996年まで存在していました。
障害者は社会に「あってはならない存在」と扱われてきました。
その背景には生産性の基準で人間を測る資本主義の価値観があるのではないでしょうか。
障害で「著しく労働能力が低い者」は最低賃金制度から除外できると現在も法律で定めています。
障害者が働く作業所のいわゆる「福祉的就労」の場合も最低賃金が適用されません。
この思想がターゲットとするのは障害者だけではありません。
労働者に生産性を競わせて賃金に差をつける査定制度や成果主義を導入している会社が多くあります。
労働者の生活にかかる費用は同じなのに企業の論理で値踏みされているのです。
人びとの間に優越感と劣等感を持たせて分断するのが支配する側の常とう手段です。
障害者だけではなく、女性、外国人、非正規雇用で働く人たちが差別されています。
生活保護受給者への非難も続いています。
「日本人ファースト」などと人間に順位をつけようとする排外主義の政治が拡がっています。
この日の追悼集会に参加した東部労組各支部のうち、職場での差別・虐待に抗して障害者自身が立ち上がって21年以上の争議を闘い抜いた大久保製壜支部、2009年に障害者らが組合をつくって職場閉鎖と解雇を撤回させたフォーラムエンジニアリング支部、知的障害者の施設を運営している社会福祉法人で今年結成した原町成年寮支部、高齢者介護施設の閉鎖と昨年まで闘った葛飾福祉館支部の仲間がそれぞれの思いを発言しました。
地元のみずま雪絵・葛飾区議や共闘団体の全労働者組合からも連帯の発言を受けました。
ネットで知って駆けつけたという参加者のひとりは「あの事件は許せないが、ネットでは(犯人の思想を)肯定するようなコメントもあって、いらだっていた。もっとストレートに反対しないといけないと思って今日のデモに来た」とマイクで語りました。
また、東部労組が加盟している葛飾区労協の三浦徹也議長からのメッセージも読み上げられました。三浦議長は現在、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)で人工呼吸器をつけながら労働運動を闘い続けています。病床でかろうじて動く右手の指先でタブレット端末を操作して記したメッセージは以下のとおりです。
<自分で動くことはできませんが物ではありません。人間らしく生きたいです。尊厳を守りたいです。優生思想をなくしましょう。優生思想は差別・分断の思想です。19名の命を大切にしたいです。命、人権を守りましょう。私もその闘いの一員です。 三浦 徹也>
三浦議長は気管切開の手術で声を発することはできませんが、わたしたちにはその「声」がしっかりと聞こえます。
10年前の事件で殺された19人も必死に「声」を上げていたのではないでしょうか。
「意思疎通ができない」と犯人は決めつけましたが、それは「声」を聞こうとしない社会の側の問題ではないでしょうか。
障害者はけっして同情や救済の対象ではありません。
かわいそうで気の毒な存在ではありません。
「社会のお荷物」では断じてありません。
ともに生きて、ともに団結して、ともに闘う仲間です。
集会の最後に参加者全員で「仲間を殺すな!」「あらゆる差別を許さない!」「優生思想反対!」のコールを上げて終了しました。
これからもともに声を上げていきましょう!

