●フランス発・グローバルニュース NO.22(2026年9月4日)
土田 修 ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会理事兼編集員/ジャーナリスト(元東京新聞編集委員)

 高市政権はAI、半導体、エネルギー、防災、安全保障などに複数年度で巨額の資金を投入する「投資国家」への転換を進めている。政府の官民投資ロードマップは2040年度までに官民合わせて370兆円を超える投資を想定している。特に、フィジカルAI・半導体分野では、2040年度までに約78・5兆円の官民投資を引き出す構想が提示された。

 象徴的なのが、ソフトバンク、ソニーグループ、NEC、ホンダなどが出資するAI開発会社「Noetra(ノエトラ)」だ。同社は、経済産業省とNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援を受け、ロボットや自動運転などに用いる国産フィジカルAI基盤モデルと巨大な計算基盤を整備する。初年度だけで、政府支援は3873億円規模に上る。

 この計画には二重の意味がある。一つは、日本の企業が国内で安全に利用できるAIモデルと計算資源を整え、米中への技術的依存を減らそうとする「AI主権」の試みだ。他方では、「国産AI」を支える計算基盤の中核を、エヌビディアという米企業が供給するGPU(画像処理プロセッサ)とソフトウエア体系に依存するという矛盾も抱える。だが、テレビ出演した慶應大学教授の中室牧子氏は「日本のデジタル革命の幕開けだ」と絶賛した。

 ノエトラは高市政権の積極財政が単なる将来構想ではなく、すでに具体的な企業と設備に巨額の公的資金を配分する段階に入ったことを示している。では、国家が研究開発や計算基盤の整備という大きなリスクを引き受ける場合、成功したときの利益は誰のものになるのか。国が計算基盤そのものを保有するとしても、そのうえで開発されるモデル、知的財産、サービス、事業収益について、公的投資に見合った利益を国民にどう還元するのかという問題は残る。

 AI計算基盤の整備は、地元開発・エネルギー政策とも結びつきはじめている。その象徴が秋田市で進むAIデータセンター構想だ。秋田市は洋上風力など再生可能エネルギーを活用する「北部地区再生可能エネルギー工業団地」を造成し、AI企業や地元企業と建設に向けた連携協定を結んだ。計画では、最大300〜500メガワット規模のデータセンターを整備し、2033年の本格稼働をめざす。関連投資が最大2兆円、UAEの政府系会社が最大1兆円を投資するという。

 国もこの動きと無関係ではない。経済産業省は2026年4月、秋田県を「GX戦略地域制度」のデータセンター集積型の有望地域に選定した。これは、再生可能エネルギーが豊富な地域に電力多消費型のデータセンターと関連産業を集積させる政策だ。国の個別の補助額はまだ決定していないものの、制度上はGX経済移行債などによる財政支援と規制・制度改革が予定されている。自治体が用地と産業基盤を整え、国が制度と財政支援の枠組みを設け、国内外の企業や政府系ファンドが投資するという「投資国家」の構造が、ここにも現れている。

 一方、データセンターの急増は、別の意味で「誰が負担するのか」という問題を提起している。東京都江東区の千石と塩浜では、民間事業者による大型データセンターの建設計画が明らかになった。住宅地に近接する施設の騒音、排熱、景観、電力消費などを懸念する声が住民から上がっており、区は事業者に計画の早期公表と住民への説明を求める指導要綱を出した。

 こうして見ると、AIへの積極財政が提起しているのは、単に「国家はいくら投資すべきか」という問いではない。研究開発や巨大インフラのリスクを国家が引き受けるとき、その費用を誰が負担し、成功した場合の利益を誰が受け取るのかという問題だ。

 しかも、日本ではAI、半導体、防衛、エネルギー、経済安全保障への国家支出が同時に拡大しようとしている。国債で賄うのか、社会保障など他の支出を抑制するのか、広範な国民への増税を求めるのか、それとも巨大企業と超富裕層への課税を強化するのか。

 だが、ここでもう一つ問わなければならない。なぜ日本政府は、いまこれほど巨額の公的資金をAI、半導体、データセンター、エネルギーに集中させようとしているのか。その理由は、日本国内の産業政策だけを見ていてもわからない。

◾️米国が描く「AI経済圏」と日本

 その理由を理解するには、日本国内の産業政策から目を転じ、米中対立を軸に進む世界経済の再編をみる必要がある。AIをめぐる国家主導の投資競争は、いまや産業政策と安全保障政策の境界を越え、半導体、エネルギー、重要鉱物、データセンターを巻き込んだ巨大な経済圏の再編と一体化しているからだ。

 その構図を象徴するのが、米国が2025年12月に発足させた「パックス・シリカ(Pax Silica)」だ。日本、オーストラリア、韓国、英国、シンガポール、イスラエルが米国とともに宣言に署名した。Paxは「平和」、Silicaは半導体を支えるシリコン(silicon)を意味する。

 重要なのは、これが単なる「半導体同盟」ではないことだ。宣言は、基盤モデル、通信ネットワーク、計算資源、半導体、先端製造、物流、重要鉱物の精製、そしてエネルギーまでを一続きの「戦略的スタック(積み重ね)」として位置付けている。

 宣言には「民間産業と起業家精神の巨大な創造力・金融力を動員する」と明記されている。米国が構想しているのは、AIを頂点として半導体、データセンター、電力、鉱物、物流までを「信頼できる同盟国」の内部で再編する巨大な経済安全保障圏なのだ。

 この流れを見ることで、日本で進んでいる政策の意味がようやく見えてくる。Noetraの国産AI、秋田の再生エネルギーとデータセンター、半導体への巨額投資は、それぞれ孤立した産業政策ではない。日本独自の産業再生政策であると同時に、米国を中心に形成されつつあるAI供給網の中に日本を組み込む政策でもある。

 しかも、AI投資と再軍備は、別々の政策ではなくなりつつある。AI、半導体、衛星、通信、クラウド、エネルギーは民生と軍事の双方を支える「デュアルユース」の基礎となり、経済安全保障と軍事安全保障の境界そのものがあいまいになっている。だからこそ、AIへの国家投資を再軍備と切り離して考えることはできない。

 この新しい米国の経済戦略を、テクノロジー研究者のエフゲニー・モロゾフ氏は論考「AIが再構築する米国の軍事パワー」(「ル・モンド・ディプロマティーク」2026年9月号)で分析している。

 「米国が同盟国に対して求めていることは、サプライチェーン、半導体の輸出、重要鉱物に関する契約、データ規制、そしてエネルギー・インフラを、米国の対中戦略に沿うように緊密に協調することである。その方針に従う国々には、米国製GPU、クラウド利用容量、そして低利の資金供給という『アメ』が与えられる」

 モロゾフによると、米国は育成すべき産業を選定し、民間企業に資本参加し、海外援助の条件を相手国の米国に対する「政治的忠誠」を結びつけているというのだ。育成すべき産業とは軍事・AI部門だ。AIは米国に「あらゆる政策課題の見直しを迫るもとになった技術」であり、背景には中国に対する警戒感がある。

 モロゾフ氏はこう指摘する。「これからの戦争は物理的戦争ではなく、経済戦争であり、戦場ではなく貸借対照表の上で戦われる」。巨額の軍事費支出によって需要を創出する「軍事ケインズ主義」でも、それを民間の軍事産業や規制緩和によって生み出す「軍事ネオリベラリズム」とも違う。国家による戦略的産業選別による「経済戦争」なのだ。 

◾️「誰が支払うのか」から「誰が所有するのか」へ

 この視点から見ると、高市政権の積極財政も、日本国内だけの景気刺激策として捉えることはできない。AI、半導体、データセンター、エネルギー、防衛への国家投資は、米中対立のなかで再編される経済安全保障体制への日本の参加という側面を持っている。

 国家は市場から退くのではなく、むしろ市場の内部に深く入り込み、どの産業を育成し、どの企業に資金を配分し、どの技術を国家戦略に組み込むのかを選別する主体になろうとしている。

 高市政権が進めるAI・半導体・エネルギーへの巨額投資を、単純な「新自由主義からの転換」と見ることはできない。確かに、国家の役割は大きくなる。だが、国家が研究開発や巨大インフラのリスクを引き受けながら、そこで生まれる知的財産、データ、サービス、利益の所有については民間企業中心の構造を維持するのであれば、それは新自由主義の終焉ではない。

 国家が市場から撤退する「小さな政府型新自由主義」から、国家自身が投資家となり、戦略産業を選別し、公的資金によって企業のリスクを引き受ける「国家主導型新自由主義」への転換とみるべきではないか。国家の介入が強まっても、生産手段や知的財産の所有構造そのものを変えるのではなく、公的資金によって民間企業の投資リスクを引き受け、その資本蓄積を支えるのであれば、「リスクは社会化し、利益は私有化する」という新自由主義的な公私関係は残る。

 しかも、日本の「投資国家」化は、国内だけで完結していない。Pax Silicaが示すように、米国はAI、半導体、重要鉱物、エネルギー、データセンターを一体の戦略的供給網として再編しようとしている。日本はその中心的な参加国の一つである。

 ここに「AI主権」の根本的な矛盾がある。国産AIをつくり、国内にデータセンターを建設しても、その中核となるGPUやソフトウェア、クラウドの支配を海外企業に依存したままであれば、主権を獲得したとは言えない。問われるべきなのは、AIがどこに置かれているかだけではなく、誰が技術を所有し、誰がデータを管理し、誰が投資のリスクを負い、誰がそこから生まれる富を受け取るのかである。

 AIと再軍備の時代、国家は再び巨大な経済主体になろうとしている。だからこそ財政をめぐる問いも、「積極財政か緊縮財政か」だけでは足りない。誰から資金を集めるのか、誰に投資するのか、誰がリスクを負うのか。そして誰が所有し、誰が利益を受け取るのか。

 「誰が支払うのか」という問いは、最後には「誰が所有するのか」という問いに行きつく。公的資金によってつくられるAIと社会インフラを一握りの企業の資産にするのか、それとも社会全体の富として還元するのか。高市政権の積極財政を評価する基準は、財政支出の大きさではなく、誰がリスクを負い、誰がその成果を所有し、誰が利益を受け取る仕組みになっているのかに置かれるべきである。