永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

よい映画が世に送り出されるには、まず企画のよさ、役者さん・制作陣の技量や熱量、さらに映画のセリフや所作の裏付けとなる事実の重みだと思う。
この映画のもととなったのは、山野海さんが書いた「平行と垂直」の脚本。それを、主人公の大貴を演じることになる安田章大さんが読み、感激したことから始まった。
ASD(自閉症スペクトラム)を持つ大貴のモデルは、山野さんの友人の息子さん。自分の考えを他者に伝えることが苦手で、何事も毎日のルーティンのようにきちっとしていないと気が済まない。感情の表出が不得意であっても、感じていないのではなく、心の中では嵐が渦巻いている。鈍感では決してなく、うまくできない自分を責めていたりする。そんな大貴を、映画は丁寧に描いていたと思う。
映画は、大貴の妹の希(のぞみ)がプロポーズされ、先方の両親の家がある東京まで旅をし、結婚が無事成就するまでの物語。
希を演じるのはのんさん。朝ドラ『あまちゃん』が大ヒットしてから久しいが、のんさんが主役を演じる映画はどれも好きだ。なかでも、さかなクンをモデルにした映画『さかなのこ』は、のんさん以外にはあり得ない。今回も安田章大・のんの兄妹のコンビは圧倒的だった。
映画をより魅力的にしているのは、大阪堺市、阪堺電車の綾ノ町駅前の商店街の人情だ。コロッケ屋さん、八百屋さんのおっちゃん・おばちゃんが大貴を大事にしている。大貴」が働く清掃会社の現場のリーダー須賀さん(演じるのは芦川誠さん)もまた大阪のおっちゃん丸出しで懐が深い。希の職業はひとの悩みを受けとめる専門職・心理カウンセラーだが、須賀さんもカウンセリングマインドにあふれている。
さて、映画のなかでうれしかったのは、大貴と希の母親を演じた谷村美月さんの復活だ。一時パニック障害で苦しんでおられたが、元気になられたようだ。そのむかしわたしがNHK衛星ハイビジョンの編集長だった時、円谷プロの幻の特撮作品『生物彗星WoO』をつくったことがある。主役を演じた谷村さんは当時10代半ばだった。群を抜いた演技力。将来は日本のドラマを支えるひとになると思った。
それにしても、安田さんとのんさんは兵庫、谷村さん、須賀さん、音楽の富貴晴美さんは大阪。関西のコテコテな感じがこの映画の温かさを生んでいる。
思えば、わたしも高校卒業まで大阪で過ごした。中学の時の仲良しがASDのHくんだった。Hくんの特異な話題は『三国志』と『水滸伝』の合戦の顛末。そればっかり。不思議な会話だった。Hくんの圧倒的な知識についていきたくて、いっぱい本を読むようになった。ほんとうに感謝している。
人間を気遣うってなんだろう。ひとのことをおもいやるってなんだろう。言葉にできないことイコール感受性のなさということではない。でもお互いの意思疎通がうまくいかないと、ひとは苛立つ。それが日常化すると、排除したり差別したり。どうしたら、みんなが少し余裕を持って、相手の事情を想像しながら生きていくことができるだろうか。
あったかい、ささくれだったこころを静謐にしてくれる、そんな素敵な映画だ。
★『平行と垂直』公式サイト⇒https://www.toei-video.co.jp/heikoutosuichoku


