
●第116回 2026年9月14日(毎月10日)

毎月、何をテーマにしようか、と書き始める前に思案する。しばしば途方に暮れて、投げ首となる。今回は、結局取り上げた「9・11」から25年という問題と、本田由紀という教育学研究者で東大教授でもある人物が、皇室に関わりのある一族を指して「遺伝的要因のおそろしさを感じる」とSNSで書いてしまった一件のどちらを選ぶかで、しばらく迷った。政治家・麻生太郎の(皇族である)妹と姪たちの「存在」を「制度的に保障する」在り方を批判し、廃絶したいと私は考える者だが、それが「個人ないしは一族の問題」であるとは思わない。だから、それに触れて「遺伝的要因のおそろしさ」と表現した本田に、ただただ驚き、ひどいものだと思ったのだ。問題の本質に迫るのではなく、言葉の激しさや「きわどさ」で相手を撃つ(と本人は思っているのかもしれない)ことの〈罪深さ〉を、改めて思った。本田は後に「解説」なるものを公表したが、決して自己批判とは言えず、Xという短文形式を用いて発言する時には用心深くするという程度の、今後の心構えを述べたものであったことにも、改めて驚きを感じた。彼女の日ごろの発言は、国会前集会での発言を伝えるYou-tubeや各種雑誌や新聞などで、とりわけ昨今は日本共産党機関紙「赤旗」で知る機会が多かったが、その言辞の「政治的」戦闘性が何処へ行くのだろうか――と、ちょうど注視している頃だった。本田と同じように、私も体制を批判する運動の理念と実践を自らの場として大切にしたいと思えばこそ、である。事態はまだ流動的のようだ。今は屋上屋を重ねる発言は避けて、今後必要だと思える時が来たら、改めて触れたい。
さて、本題の「9・11」から4半世紀、というテーマに戻る。後日、書物や映画で知る方法はあるにしても、現在25歳以下の年代の人びとは、あの事件を現実感をもっては知らないことになる。ハイジャックされた複数の民間航空機が、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機、ワシントン郊外の国防総省(現在は戦争省と言うのか)に1機が激突し、ペンシルベニア州シャンクスビルの原野に1機が墜落した「9・11」同時多発攻撃事件を、25歳以下の若者たちはリアルタイムの映像としては見ていない、ということだ。
25年前の「9・11」の直後、私は昨年廃刊された書評紙『図書新聞』の長いインタビューを受けた。語った大要はこうだ――米国で起きた同時多発攻撃は紛れもない悲劇であり、実行者たちが選択した手段は容認できない。だが同時に視野に収めるべきことは、米国の為政者も民衆もこれを捉えて「世界最大の悲劇の犠牲者=米国」であるかのような言動を行なっているが、これは事実に反する、ということだ。むしろ、米国は自国の利害を賭けて、世界の至るところでこのような暴力的な事態を自ら進んで引き起こしてきた。古くは、先住民の虐殺と土地からの追い立て、植民者としての定住、外部世界への領土拡張主義を天命論として信奉する独善性。近現代では、侵略戦争、海兵隊の他国への派遣、原爆投下、米国の利益を確保し続けるには不都合な政権が他国に生まれると、これを潰すために軍事介入から経済封鎖まであらゆる手段を尽くして体制転覆を画策する――政治的・経済的・軍事的、そして文化影響力的な強さの上に居直って、「米国だけは何をやっても許されるのだ」と考え、これらを実行してきた。この200年有余の歴史の延長上に、2001年の現在がある。その内省/振り返りこそが、米国にとって重要なのだ。鏡に映る自国の歴史的な相貌を、きちんと見つめるのだ。「9・11テロ」への戦いを呼号するのではなく、他ならぬ自国による「国家テロ」の発動が、《いつ/どこで/どんな規模でなされてきたか/自らの加害による死者はそれぞれどれほどのものであったか》を捉え返し、今回の「9・11」事態に内省的に対応せよ。
私が語ったことは、以上に尽きた。約めて言えば、「自分の国がここまで嫌われ、憎まれている事実に畏怖せよ、震撼せよ。そうすれば、自ずと、選ぶべき道は見い出されるだろう」ということだ。

当時の米国・ブッシュ(子)政権は「内省の道」を採用しなかった。この同時多発攻撃は、アフガニスタンのタリバーン政権に匿われている「国際テロ組織」アルカイダの犯行であり、その首謀者はサウジアラビア出身のウサマ・ビンラディンだと断定したうえで、アフガニスタンに対する一方的な攻撃を「9・11」の一カ月後に開始した(写真左)。いわゆる「対テロ戦争」である。ブッシュ政権下(2001~2009年)で始められたこの「対テロ戦争」は、オバマ政権下(2009~2017年)でも、第一次トランプ政権下(2017~2021年)でも続けられた。バイデンが政権に就いた2021年、米軍はアフガニスタンから撤兵して、「対テロ戦争」は終わったとされた。
実に20年もの長きにわたって、この戦争は遂行されたのだった。歴代の米国の政権としてはいくらか「まし」と一般的に考えられているらしい民主党・オバマ政権時代には、「対テロ戦争」において広大なアラブ地域での無人機爆撃はその数を大幅に増した。加えて、2011年5月2日、米軍は他国であるパキスタンに海軍特殊部隊を侵入させ、予め居所を把握していたオサマ・ビンラディンを見つけ出し、彼を殺害した。この作戦はオバマ大統領の命令の下で行なわれ、オバマはクリントン国務長官をはじめとする政権幹部と共に、この殺害作戦の模様をリアルタイム映像で見ていた。この「殺害作戦見物映像」を大統領府は公開しているのだから、オバマは、これを恥じることのない「平和のための軍事作戦」だと確信していたのであろう。
私がこの間強調していることは、20年間続いた「対テロ戦争」が生んだ死者のことだ。
戦闘による直接的な死者数は92万9000人。経済破綻・医療インフラの崩壊・環境汚染・住民のトラウマと暴力による間接的な死者は360~370万人。両者合わせて20年間で450~460万人が犠牲者の数だ。年間平均20万人強である。米国のブラウン大学ワトソン国際公共問題研究所が控えめに試算した数字だが、驚くべき数字だ。死者の圧倒的多数は、アフガニスタン、パキスタン、イラク、シリア、イエメンその他の地域から生まれた。いずれも「非白人」地域だから、「私たちの世界」はこれらの死者を黙殺した。
20年間に及んだ「対テロ戦争」は世界を極限にまで荒廃させた。国際法違反の侵略戦争、他国の不当占領、弾圧、拷問、暗殺、公平性を欠いた裁判、ジェノサイド、戦争犯罪……が世界中で、公然と、事も無げに繰り返されてきた。多くの国々の為政者は超大国主導のこの戦争を支持し、自国の軍隊を参戦させた国も多かった。メディアも、「テロ対戦争」という構図でこれを報道した。「戦争とは国家の名の下で発動される国家テロ」ではないのか、したがって、「テロ」を撲滅する「戦争」などはあり得ず、両者いずれもの廃絶を目標とする立場から、この困難な課題に取り組むしかないという課題は、社会的に浮上することはなかった。
こうして「9・11」以降の4半世紀の過程を振り返るなら、2025年に始まった第二期トランプ政権によって攪乱されている世界の出現は、或る意味で「必然的」だったと思わざるを得ない。これは、客観的な現実判断の問題であって、諦めの境地で言うのではない。私たちが、眼前で起こり続けている悲劇を見過ごしたために/それに無関心を決め込んでいたために/または、これに抗し押し返す流れを作り出すことができなかったために、「異常」が当たり前のような顔つきをして過ぎてゆく世界が到来しているのだ。トランプは、確かに桁外れの、異形な言動を撒き散らし実行する人物だが、対外政策上は、歴代の米国政権の確実な延長上にしか存在していない。
その意味で、25年前の「悲劇」に直面して「対テロ戦争」の道を選んだブッシュ政権とそれを支えた米国民は、責任を取りようもない負債を全人類に対して負った。そのような振り返り方を決して行わない主流メディアから離れた地点で、「9・11同時多発攻撃から25年」を捉える視点を多様な形で探りたい。


