永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

とっても切なく残酷だが、一度観たら忘れられないような詩情あふれる映画。40年前の作品が4Kで蘇り、日本で初めて劇場上映された。
同名の小説『星の時』を書いたのは、ブラジルのヴァージニア・ウルフといわれるクラリッセ・リスペクトル(1920~1977)。ウクライナに生まれたが、ユダヤ人への迫害を逃れて、家族とともにブラジル北東部に亡命した。ブラジル大学法学部生だったときに結婚した相手が外交官になったため、スイス・英国・米国など16年間海外で暮した。数々の作品は、女性がポルトガル語で書いた最高のものという評価がある。『星の時』は1977年の作、彼女の最後の小説となった。
監督はスザーナ・アマラウ(1932~2020)。9人の子どもを育てた後、37歳でサンパウロ大学映画学科に入学。公共放送で働き、44歳の時ニューヨーク大学の大学院で映画を学びなおした。同級生にはジム・ジャームッシュがいた。
原作は、ブラジル北東部からサンパウロにやってきた女性・マカベーアの日々を男性が語っていくという構成。だが映画では語り手は存在せず、マカベーアが共同生活するアパートの部屋、タイピストとして働く倉庫、彼女がおそるおそるデートする日々を描いたシンプルな物語になっている。
マカベーアは両親を亡くし、ひとりぼっちの19歳。タイピストとして雇われたものの、スペルをいっぱい間違い、紙をホットドッグのケチャップで汚すことを繰り返す。解雇寸前のマカベーアの日々を支えるのは、朝と夜にベッドで聴くラジオ。「蝿は28日間で地球を一周できる。・・・」とラジオは教えてくれる。マカベーアのデートの相手はオリンピコ。彼は製鉄所で働き、将来は国会議員になり、偉くなることを夢見ている。マカベーアは、ラジオで聴いた話をオリンピコにぶつけてみるが、彼は興味を示さないどころか、イラついて怒りだしてしまう。ふたりのデートの場所は淋しい動物園。水浴びしているサイのよろいのような皮膚が傷ついているのが痛ましい。
マカベーアは、職場の同僚グロリアにオリンピコを奪われるという裏切りに遭う。そしてグロリアから怪しい占い師を紹介されるのだ。なんだか不思議な展開だが、マカベーアはその占い師からバラ色の未来が待っていることを予言される。ウキウキと青いドレスを買い、街に出ていくマカベーア。だがそこに思わぬことが待っていた。
映画で最も好きなのは、マカベーアがアパートの部屋でただひとり、ラジオから流れるワルツに合わせて、まるでウエディングドレスを身にまとうように白いシーツを身に巻き付けて踊る場面。腋毛なんて剃らなくったって平気だ。これからどんな人生が開けるのか。マカベーアは何も知らず無防備で、小鳥のように身を震わせながら待っている。これはわれわれひとりひとりのことではないのか。マカベーアがんばれ!
40年もむかしの映画。原作者も監督ももうこの世にいないが、マカベーアは映画のなかで、はにかみながら輝いている。
★『星の時』公式サイト⇒https://alfazbetmovie.com/hoshinotoki


