根津公子の都教委傍聴記(2026年10月22日)

今日の公開議題は「第7期都教委いじめ問題対策委員会への諮問について」のみ。非公開議題は、教員の懲戒処分(戒告1件と減給以上の処分4件)。教員の懲戒処分は相変わらず多い。働き方・働かされ方の不満が、誤った行為に及んでいるのではないかと思う。ひどい働かされ方によって、精神疾患が多くなっているのと同じように。
7月30日の定例会で、第6期いじめ問題対策委員会の「答申」が報告された。「答申」は都教委から委嘱された学識経験者等10人が1期2年間で、各学校で取り組んでほしいこと等を検討したもの。第6期「答申」は、ア)発達支持的生徒指導(注)の趣旨にのっとったいじめ防止等の取組の推進 イ)発達の段階に応じたいじめ防止等の具体的取組に係る検討及び共有 ウ)教職員の意識啓発及び対応力等の向上 エ)子供自身がいじめ問題の理解を深め、自ら考えて行動できるようにするための取組の充実 オ)専門家等の知見を活用したいじめ防止対策及び早期解決への取組の推進 カ)いじめ防止対策推進法第28条第1項に規定する重大事態への対応力の向上 の6点。
こうした「答申」を6期12年間やってきて、いじめは減ったか?否。年々うなぎ上りであることは明白だ。
「いじめによる年間30日程度の欠席」は、いじめの重大事態として、学校→地教委→都教委に報告し、解決に向けて取り組むことになっている。しかし、6期に起きた、あるいは把握した重大事態のいじめについて「答申」は一切触れていない。なので、筆者は「空っぽの『答申』、いじめ防止にはならない」と7月30日の傍聴報告に書いた。
「答申」のウ)は「教職員の意識啓発」を、カ)は「重大事態への対応力の向上」を掲げるが、つい最近あまりにショッキングな二つのことを知った。
一つは、10月13日に出された「江戸川区いじめ重大事態に係る調査結果報告」。それによると、同じ部活動に所属する生徒から「死ね」「うざい」と言われ続け不登校になった生徒の保護者が、欠席理由について、生徒Aによるいじめが原因だと伝えたが、学校は生徒Aへの確認を行ったものの、いじめの詳細や背景、経緯まで調べず、事実確認を終えた。その後も被害生徒の欠席が続いていたが、本人への働き掛けや関係生徒への聴取などを改めて検討しなかった。区教委への報告も、欠席が始まってから5カ月近く経過した後だった。また、報告の後も、改めていじめの事実確認や組織的な対応はしなかった。報告を受けた区教委も、重大事態であるかどうかの確認を怠り、調査は事案発生から5年以上が経過してのことだったという。学校も区教委もいじめられた生徒の命・人権をどう考えていたのか。いじめられた生徒が我が子だったらどうしたか、と問いたい。
もう一つは、数日前の東京新聞で知ったこと。同じく江戸川区の中学校で、軽い知的障害を持つ男子生徒が着衣の上から性器を触られ、保護者が学校に指導を訴えたところ、学校は「この年頃の子どもはこういう遊びをよくするものですよ。気にする必要はない」と対応したとのこと。あり得ない教員の言葉に、愕然とした。
学校も区教委も「いじめ重大事態」を知らなかったとでも言うのか。それとも隠そうとしたのか。筆者は間違いなく後者だと思う。そしてこれが、都教委のいじめ防止対策の現実なのだ。
これまで東京の学校で起きた「重大事態」のほとんど(全部かもしれない)は、学校は「いじめに気付かなかった」と言ってきた。身近にいる教員が気づかないはずはない。いじめを報告すれば自身の業績評価が下がるから気づかないふりをしてきたのではないか。気づかないふりをしてきたと断言する。
こうした現実を見ずに出した「答申」を評価し、さらには、「諮問」する都教委及び教育委員たち。怒りしかない。現実を直視すれば、いじめ防止の対策はおのずと出てくるはずだ。
(注)発達支持的生が徒指導とは、子ども自身が自らを成長させる力を尊重し、その発達を支える指導のこと。

