永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

さすがカンヌ国際映画祭でカメラ・ドールと監督週間観客賞の2冠に輝いた作品だ。監督・脚本はイラクのハサン・サーディーさん。自身の実体験が生かされている。監督は2022年にサンダンスのNHK賞などを受賞し、多くの助成金が今回の映画の制作に役立てられた。絶対に観のがしてはならない傑作だ。
舞台はイラク南部、メソポタミア湿地帯とその地域の都市。世界遺産にも登録された豊かな水をたたえた葦の原を木の小舟が滑るように進む。ただただ美しい。バザールはまるで永遠の迷宮に入り込んだよう。
時代は1990年代のイラク。独裁者サダム・フセイン大統領とバース党が世の中の隅々まで支配していた。サダムの誕生日は国をあげて祝福する。全国の学校ではお祝いのためのケーキを児童・生徒の手でつくらなければならないというとんでもない儀式が行われていた。
誕生日まであと2日。クラスでくじ引きが行われ、不運なことに9歳の少女・ラミアがケーキをつくる係に指名されてしまう。材料の調達からケーキを焼くことまですべてひとりでやらなければならない。ラミアはおばあちゃんと二人暮らし。究極の貧しさの中で湿原のバラックに住んでいる。おばあちゃんは密かにラミアを養子に出すことを画策していた。
おばあちゃんにケーキについて相談をすると、こんな素敵な言葉を教えてくれた。小麦は命のため、卵は子孫繁栄のため、砂糖は人生を甘くするため。
だが、お金のないラミアがどうやって材料を手に入れるのか。味方になってくれるのは、同級生の少年・サイードと、立派なトサカを持つニワトリのヒンディだった。ふたりと一羽は、独裁政権下の混乱した町に出かけて行くのだった。
わたしは、湾岸危機、湾岸戦争、イラク戦争の番組をいっぱいつくった。バグダッドに入れない時、隣国ヨルダンの首都アンマンで、イラクからやってくる長距離タクシー運転手たちから情報収集をしていた時、警察に密告され逮捕されたこともある。当時、イラクの暗黒部分ばかりが強調されたが、中東のなかではまだ民主主義が機能しているところもあった。「大統領のケーキ」のことは今回初めて知った。
少女ラミアのけなげな奮闘は、隣国イランのアッバス・キアロスタミ監督の名作『友だちのうちはどこ?』を連想させる。ラミアのがんばりにもかかわらず、おじさん、おじいさんたちはだましたり、セクハラをはたらいたり、ほんとうにどうしようもない。同級生のサイードも頼りになるかと思えば、突然裏切ったり。
大好きな場面がある。それはラミアとサイードのにらめっこ。先に目をそらしたり、目を閉じたりすると負けになる。これはひょっとしたら、人生にはさまざまなことがいっぱいあるが、直視し立ち向かう以外に道はないことをあらわしているのかもしれない。
それにしても、学校の先生たちはなんとくそったれなことか。先生たちにもいっぱい事情があったのかもしれないが、教育の現場がおかしいと、子どもたちは救われない。
さて、ケーキをつくるという宿題はどうなったのか。それは観てのお楽しみ。映画を観ていて、あのイラン南部でミナブの小学校が米軍によって空爆された事件を思い出した。
★『大統領のケーキ』公式サイト⇒https://movies.shochiku.co.jp/presidentscake

