福島原発事故から15年。日本は、原子力緊急事態宣言が続く中で、再稼働、新増設に舵を切っている。チェルノブイリ級のレベル7の大惨事を起こした当該国がすることとは思えない。
そのような中で、今年も福島映像祭が開催される。主催は「東電テレビ会議」を報じたOurPlanet-TV(アワプラネットTV)。「映像祭」という名が示す通り、映画だけでなくテレビ番組、バーチャル映像、市民による記録など、あらゆる手段を駆使して、原発事故がもたらしたものを伝えてきたが、今年の目玉は何と言っても、小児甲状腺がんの若者の姿を映し出した『波打ち際に足跡を残す』(アワプラ代表・白石草監督)だ。

福島のドキュメンタリーは数えきれないほどあるが、子どもたちに真正面から向き合った記録がどれだけあっただろう。
原発事故の被害者の15年という歳月は、誰にとっても同じではない。映画の主人公のこはくさんは、幼稚園で被災し、中学生でがんが見つかった。大人でも動揺する病を告知した後、医師はこう言った。「原発事故とは関係ありません」。
「原発事故のせいで甲状腺がんになった」といえば叩かれる。だから、福島で病気のことを話すことはできない。
放射能が目に見えないのをいいことに、世間は原発事故の被害を矮小化している。可視化させるためには被害者が言葉を発することが必要だが、それがどれほど困難なことか。火の粉が降りかかるのを恐れ、マスコミが無視黙殺を決め込んだ甲状腺がん問題は、2022年から始まった裁判だけが事実を伝えるものとなった。
七人の若き原告たちは名前を明かさず、顔を出すこともできない。法廷できく意見陳述は衝立越しだが、考え抜かれた言葉の重さ、体験したことの非道さは、いつも想像を超えたものだった。「甲状腺がんなんて、死ぬような病気じゃないだろ」という人の首根っこをつかまえて、法廷で聞かせたいと何度も思った。原告の後ろにいる400名近い小児甲状腺がん患者に思いを馳せた。
白石さんは、甲状腺がんの若者を映画にしたいと思っても、素顔をカメラに収めるのは無理だろうと思っていたという。モザイクでは意味がない。映像作品にしたい気持ちに封をして、子どもたちをそばで見守ってきた。じっと待ち続けていたら、こはくさんが顔を晒してカメラの前に立ってもいいと。それで奇跡のような、このドキュメンタリーができた。
試写会では親切にも採録シナリオが配布された。でも、映像は言葉や台詞を超えていた。こはくさんの素顔、その表情に、ただただ引きこまれるばかりだった。そして、甲状腺の治療がどれほど過酷なものか、映像を通じて突き付けられた。
こはくさんは若くして、将来の夢や学校や、いろいろなものを諦めた。諦めなければ生きていくことができないからだ。その絶望からの再生に、私たちは向き合わなければならない。
『波打ち際に足跡を残す』は一般の劇場では上映できないため、自主上映会で広げていく。まずは22日、23日に日比谷コンベンション・ホールに足を運んでほしい。他にも福島中央テレビによる『FUKUSHIMA REPORTERS』『飯舘村 わたしの記録』『三角屋の交差点で』や、元NHKディレクターの七沢潔さんのトークもある。(堀切さとみ)
『波打ち際に足跡を残す』試写会に行って
松原明
見終わった感想を一言で言えば、「すがすがしい」だった。主人公のこはくさんの若さにあふれた明るく表情と語りに魅了されたが、すがすがしいというのは、それだけではない。不条理な体験を仲間と一緒に乗り越えたすがすがしさだろう。「病気で悪いことばかりでなく、学べた、大人になれた」「苦しみを分かちあえる仲間ができた」と自然に語るこはくさん。そう、「たたかい」は人びとを前向きに変えていくのだ。
そして、この映画がなにより素晴らしいのは、カメラワークだ。いきなり海辺から始まるが、ドローンを使った俯瞰で、波打ち際を歩くこはくさんを捉える。その歩く姿がいい。一瞬、フランス映画でも観ているかと思った。ほかにも随所にカメラワークと編集のたくみさが光っていた。この作品は、私も含めてほとんど知らなかった「子ども甲状腺がん」問題を世間に伝える第一歩になるだろう。35分、短くも長くもないちょうどいい長さだ。
これまでは「子ども甲状腺がん裁判」のたびに行われる報告集会のレポートは読んでいた。原告の肉声も紹介されていた。その内容は感動的だったが、やはり映像が伝える力は次元が違う。こはくさんという一人の生身の人間が眼の前にあらわれ、心をわしづかみにするのだ。


