●フランス発・グローバルニュース NO.21(2026年7月29日)

土田 修 ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会理事兼編集員/ジャーナリスト(元東京新聞編集委員)

 急速なAI(人工知能)技術の進展に対する抵抗運動が世界的に広がり始めている。その象徴的な出来事が、Google傘下のAI企業DeepMind本社前でのハンガーストライキ(昨年9月)や、OpenAIの最高経営責任者(CEO)宅への火炎瓶投げ込み事件(今年4月)などだ。

 今年5月には、アリゾナ大学の卒業式で、元Google会長のスピーチに激しいブーイングと怒号が浴びせられた。ル・モンド・ディプロマティーク紙に掲載されたピエール・ランベール記者の記事「誰もがAIを嫌っている」(日本語版2026年7月号)によると、学生たちの多くは平均3万5000ドルという多額の学生ローンを抱え、卒業後にその返済に追われている。

 彼らは卒業後にうまく就職できたとしても、将来、その仕事がAIに奪われる恐れがある。600億ドルもの資産を保有するシュミット氏に対する学生たちの怒りは、「社会主義的Z世代」と呼ばれる貧困格差に喘ぐ若者たちの怒りと共通しているようだ。

 同記事によると、アメリカでは、権力化するテクノロジー業界やデジタル化による弊害、データセンターの乱立など、急速なスピードで成長を続けるAI産業に対する反発が強まっている。米カリフォルニアで結成され「AGI(汎用人工知能)の開発」の全面禁止を訴えるStopAIや、「GPT-4を超えるようなフロンティアAIの開発」の一時停止を求める欧州発の国際運動PauseAIなど、さまざまな抵抗運動団体が活動を続けている。

 AI産業を支える巨大データセンターの建設反対運動も激しさを増している。データセンターはクラウドや生成AIを支える「インターネット社会の工場」であり、何万台から数十万台のサーバーが24時間稼働している。

 アメリカではすでに都市周辺に3000を超える大規模データセンターが設立され、1300施設が建設中という。データセンターでは都市ひとつ分に匹敵する電力を消費する場合もあり、発電所の新設や電気料金への影響、電力不足が問題になっている。そのほか、農地や深林の喪失や水資源の大量消費、騒音、CO2排出などさまざま問題を抱えている。

 こうした状況について、ランベール記者は「仮想世界の未来への賭けが、人々の現実の生活を破棄している」と技術至上主義に警告を発しているが、実際、抗議の声は保守もリベラルも超えた、地域社会に根差した超党派の運動として広がりをみせている。同時にAIに対し、法学者らからは国家の介入や法的規制を求める意見も出始めている。

 同様の反AI抗議運動はアメリカ以外にもチリやメキシコ、スペインなどに拡大しており、フランスではマルセイユやグルノーブル、オー=ド=フランス地域圏などでデータセンター建設が急増したことから周辺住民を中心に反対運動が次々に立ち上がっている。日本でも、GoogleやAmazonなど国内外の事業者が集中し「データセンター銀座」といわれる千葉県印西市などでも施設の立地・景観問題・住民への説明不足を理由に建設反対運動が起きている。

◾️デジタル技術の「資本主義的使用」

 19世紀初頭、産業革命が進んだ英国で熟練労働者が失業したことから、機械化に反対した労働者が粗悪品を大量生産し低賃金労働を強いた工場を襲撃し、機械を破壊するという「ラッダイト運動(luddites)」が起きた。カール・マルクスは『資本論』の中で、労働者が最初は機械そのものを敵視したことは歴史的に理解できると認める一方、本当の敵は機械ではなく、それを資本主義的に利用する社会関係であるとし、「機械」と「機械の資本主義的使用」を区別する必要があると指摘している。

 デジタル技術の急速な進展によって生じた現代版「ラッダイト運動」は、「エリート対大衆」という新しい時代の階級闘争として世界中に拡大している。今年6月末、ニューヨークで「Summer of Ludd(ラッドの夏)」という反ビッグテック・フェスティバルが開催された。19世紀のラッダイト運動と、1960年代のヒッピー文化を象徴する「Summer of Love(愛の夏)」を掛け合わせたイベントだ。反AI抗議運動はカウンターカルチャーの世界にも広がっている。

 デジタル技術は「中立な技術」ではない。マルクスは「機械」と「機械の資本主義的使用」を区別したが、現代のデジタル技術では、利潤追求や監視、データ収集という資本主義的目的が技術の設計そのものに組み込まれている。SNSのアルゴリズムは、怒りや恐怖、センセーショナルな情報など「注意」を商品化し、広告収入を最大化するように設計されている。

 例えば、Google検索は、利用データを収集・分析し、それを広告事業に活用するビジネスモデルの中核を担っている。ChatGPTなど生成AIは公共的な知識インフラのようにみえるが、AIを支えるデータセンター、GPU(画像処理プロセッサ)、クラウドは巨大企業によって所有されている。

 反AIの抗議運動は知的財産権をめぐる闘いでもある。アメリカの上院議員バーニー・サンダース氏は「人工知能の土台となっているのは、人類全体の集合知である。数億人もの人々による創造的労働が、世界でもっとも裕福な人々によって盗まれてしまった」と訴えた(7月23日付ヌーヴェル・オプス誌)。

 問われているのはAI技術そのものではなく、その設計・所有・運用のあり方なのだ。AI技術を独占している者たちが巨万の富を得る一方で、多くの労働者は職を奪われ、または低賃金労働に甘んじているという状況が出現している。デジタル資本によるAIを介した労働支配が貫徹しているからだ。闘うべき相手は、デジタル資本主義が招いている社会的搾取の様態そのものなのだ。

 ◾️史上初の「兆万長者」誕生

 AIインフラを独占する企業には、かつてないほどの富が集中している。今年6月12日、イーロン・マスク氏が創業した宇宙企業「スペースX」が新規株式公開(IPO)で750億ドル(約12兆円)を調達した。この結果、マスク氏は史上初めて資産が1兆ドル(約160兆円)以上の「トリリオネア(兆万長者)」になった(6月14日付朝日新聞朝刊)。

 スペースXといえども、アメリカの上場企業時価総額ランキングをみると、エヌヴィディア(4.97兆ドル)、アルファベット(4.37兆ドル)、アップル(4.28兆ドル)、マイクロソフト(2.90兆ドル)、アマゾン(2.57兆ドル)に次いで6位(2.10兆ドル)だ(いずれも6月12日時点のロンドン証券取引所グループのデータなど)。

 ランキングトップの半導体・AIインフラ企業のエヌヴィディアは1993年にカリフォルニア州サンタクララで設立され、PCゲームの高性能グラフィックス用GPUを開発する企業としてスタートした。現在はゲーム向けGPUだけでなく、GPU設計で長年蓄積した技術力を生かし、ソフトウェアやシステムまで一体で提供しており、OpenAI、Microsoft、Meta、Google、Amazonなどがエヌヴィディア製GPUを大量に利用している。

 膨大な計算能力を必要とする生成AIのChatGPTも同社のGPUがなくては稼働できない。「戦争OS」の開発で知られ、米国防総省と多額の契約を結んでいるパランティア・テクノロジーズもエヌヴィディアと戦略的提携を結んでいる。

 2025年時点でAI向けデータセンターGPU市場で約80〜90%のシェアを占めるエヌヴィディアは、世界中のAIインフラを支える戦略的企業に成長している。いまや、その技術力は、監視技術・医療データ・国家安全保障といった世界各国の「デジタル主権」を、米巨大テック企業への技術的依存へと組み替える機能さえ果たしている。

◾️次世代GPUを大量購入したノエトラ

 そのエヌヴィディアの「CEO」であるジェンスン・フアン氏が7月に来日し、政府主催の「フィジカルAI・イニシアチヴ」の発足イベントに出席した。このイベントには、ソフトバンクや富士通、ファナック、川崎重工など国産AI基盤モデルを開発する新会社ノエトラ(Noetra)に出資する企業が参加、国が主導するフィジカルAIの共同開発に向けた戦略的協業を発表した。

 赤沢経済産業相がフアン氏の真似をして革ジャン姿で登壇、何度も頭を下げながらフアン氏に握手を求める姿がメディアで伝えられた。日本政府が米巨大テック企業のCEOを迎える光景は、さながら日本の技術的従属を象徴し、米民間企業の「デジタル覇権」に日本政府が屈する出来事のように映った。

 このイベントでフアンCEOは「日本は、日本のAIを構築しなければならない」とスピーチした。日本の民間テレビでコメンテーターを務める慶應大学の女性教授は「日本のデジタル革命の幕開け」と絶賛した。だが、本当だろうか。そのAI基盤はエヌヴィディア製GPUとCUDA(エヌヴィディアが開発したGPU向け並列計算プラットフォームとプログラミング環境)など同社ソフトウェアへの依存を前提としている。

 フアン氏来日の最大の目的は、エヌヴィディア製次世代GPU「RUBIN」を2万7500基購入する契約を、日本政府が支援するノエトラと締結することだった。最終的な契約金額は公表されていないが、一夜にして大規模な商談が成立した。ノエトラは日本国内に巨大なエヌヴィディア型AIインフラの建設を進める予定だ。

 今回のイベントで、日本政府は「デジタル主権」を掲げ、フィジカルAIの国家構想にエヌヴィディアを中核基盤として位置付けた。富士通やファナック、川崎重工などのロボット技術をエヌヴィディアのプラットフォームに結びつけることにも成功した。だが、その計算基盤がエヌヴィディアの技術に依存している以上、日本の政府や企業が口にする「国産AIの開発」とは名ばかりの幻想でしかない。

 フアン氏の来日と大規模商談の成立は、日本の「デジタル主権」が、米巨大テック企業に従属してしまう構図を浮き彫りにした。米民間企業による「デジタル覇権」を前に、日本の政府と企業はその軍門に降ってしまったのだ。

 とはいえ、デジタル主権とは、国家がAI技術を保有することではない。市民の側がその技術を民主的に統制する仕組みを構築することが望まれる。現代のラッダイト運動が問いかけているものは、AIそのものへの賛否ではない。AIを誰が所有し、誰が利益を得て、誰が統制するのか。そのことこそが、現代のラッダイト運動が突き付けている最大の問いであり、デジタル資本主義の核心なのだ。