
小野政美(「入管の民族差別・人権侵害と闘う全国市民連合・東海」&「エルクラノの会」&「わだつみ会」)
1.本日、2026年8月26日午前、名古屋入管による子どもたちを含む仮放免者2家族の強制送還に対して、「START(外国人労働者・難民と共に歩む会)」、「東海 仮放免者の会」、「外国人の人権を守る宗教者の会」名で8月19日に提出した「出入国在留管理庁 長官」と「名古屋出入国在留管理局局長」宛の「抗議申入書」の回答を求める抗議申し入れを5名でおこなった。8月19日に続き2回目であるこの日、名古屋入管は、渉外調整官I氏、広報係長S氏、広報係員H氏の3人が対応した。私たちの申し入れに対する名古屋入管の回答は、「法律(「難民入管法」)に基づき適切に業務を遂行している。個別の事例に対しては、個人情報保護のために明らかにできない」というものであった。私たちは、前回8月18日に行われた子どもを含む家族強制送還に続く、名古屋入管による昨日、8月25日の子どもを含む家族の強制送還に対して、心の底から抗議の怒りの声を上げた。
2.外国国籍の A、その妻の B、娘(15歳、高校1年生)の C の3名は、2026年8月18日、仮放免更新手続きのために名古屋入管に出頭したところを突然拘束され、「強制退去」を告げられ、入管職員の車で自宅に荷物を取りに行き、そのまま関西空港に護送され、護送官付き国費送還により、夜10時の飛行機で強制送還され、11時に空港に着くとそのままA氏は、逮捕された。15歳、高校1年生の少女は、学校にも、友だちにも何の連絡もできないままの強制連行だった。
3名は2022年8月に仮放免され、以降、入管法違反もなく倹しく生活してきた。これまでに3回、難民申請を行ったが不認定とされている。3名とも名古屋入管に収容されることなく、親族や支援者の支援を受けながら愛知県内で生活してきた。15歳の少女は、仮放免であるため「高校無償化」からも除外され、アルバイトなども禁止され、他県への自由な移動もできない状態で高校に通っていた。
3.15歳の少女は、現在15歳の高校一年生である。法務省は、通達で、「未成年者の収容は原則避けるように」としているが、具体的な事例の配慮なしに強制送還された。少女は、2歳で来日し、将来も日本で生活してくことを考えており、彼女にとって最善の利益は日本で在留資格を獲得し、将来の見通しが立つことである。入管が、彼女を強制送還することは子どもの権利を奪う人権侵害である。
強制送還については、日本も批准している「難民条約」は、迫害の危険がある国への送還や追放を厳格に禁じている。当局の判断で無期限に人身の自由を奪うことは、「国連・自由権規約」が禁じる「恣意的な拘禁」にあたる。2025年12月、国連の人種差別撤廃委員会は、日本政府に、難民申請者や難民、移民の権利保障やノンルフールマン原則との整合性等について説明を求めている。また、「こども基本法」第3条の4は、「すべてのこどもについて、その年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮されること」を規定している。
日本も批准している「難民条約」の、「人種、宗教、国籍、特定の社会集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍外の外にいる者であって、その国籍の保護を受けることができないかまたはそれを望まない者」に該当する家族である。難民条約には「難民を彼らの生命や自由が脅威にさらされるおそれのある国へ強制的に追放したり、帰還させたりしてはならない」と規定している。今回の強制送還の執行は難民条約に違反するものであり、怒りを込めて抗議する。
4.8月25日に行われた、名古屋入管による子どもを含む家族の強制送還も、1週間前に執行された強制送還とほぼ同じ状況である。この家族は、4人家族(父、母、長女、次女)で、12年ほど前から日本に住んでおり、現在全員仮放免の状態であった。母国での生活が苦しく、日本で働くために母国でお金を借りて来日した。当時、長女は小学四年生で次女は3歳。しかし、お金を借りた人物が悪徳で、お金を返せない場合、母国に帰れば殺される恐れがあった。母国の治安が悪いことを理由に難民申請を提出したが、不許可となり、オーバーステイ状態になり、約8年前から仮放免で生活していた。った。これまで法律違反もなく真面目に生きてきた。教育費や生活費が逼迫しているため、仮放免中に、高校の教師や大学の教授から嘆願書を作成したり、3回の難民申請や再審情願を提出したりしていたが、いずれも認めらなかった。
8月25日、家族は、名古屋入管に向かうため、朝家を出た際、入管だと思われる車から盗撮され、車で後をつけられていた。部屋へ連れて行かれると、通訳を通し仮放免の更新が不許可になったことを職員に伝えられ、仮放免不許可を認めるサインを求められたが、家族は泣きながら抗議した。入管からは、「仮放免が不許可になった理由は退去強制令書が出ているから」と伝えられるだけだった。20分経った後、入管職員複数名が部屋に入り、ボディチェックを行い、別の部屋に連れて行かれた。その後、支援者が家族に電話をかけても電源を切られているため電話が繋がらなくなっていた。本日、家族に面会をもとめた支援者に対して、名古屋入管は、「その家族はここにはいない」と答えるだけだった。先の家族同様、昨日の夜に名古屋入管からそのまま関西空港に護送され、護送官付き国費送還により、関西空港から夜10時の飛行機で母国に強制送還されたと予想されるが、その後のことは何も分かっていない。
大学生と中学生の少女たちは、15歳の少女と同じように、仮放免であるため、アルバイトなども禁止され、他県への自由な移動もできない状態で大学、中学に通っていた。
5.今回の名古屋入管による連続的強制送還には、幾つかの背景がある。2025年5月23日、出入国管理庁(入管庁)は、「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」を発表し、さらに、6月、「不法滞在者ゼロプラン」の強化、徹底を図る「強力推進パッケージ」を打ち出した。今回の2家族のような強制送還の執行は「「不法滞在者ゼロプラン~強力推推進パッケージ」の実行そのものである。
難民認定の審査手続きや、入管施設への収容、強制送還に関して当局がさらに強い権限を振るい、当事者がなおのこと苦しい状況に追い込まれることになる。難民審査については既に「不法滞在者ゼロプラン」の下で、入管庁による昨年の強制送還数は318人で過去最多、難民申請3回目以降の例外規定による送還も大幅に増加し状況が悪化することになります。退去強制(国外退去)の処分を受けると、強制送還の一段の強化のほか、収容した上で「帰国説得」(帰国強要)される。強制送還については、国際人権条約は迫害の危険がある国への送還や追放を厳格に禁じている。当局の判断で無期限に人身の自由を奪うことは、国際人権条約が禁じる「恣意的な拘禁」にあたる。2025年12月、国連の人種差別撤廃委員会は、日本政府に、難民申請者や難民、移民の権利保障やノンルフールマン原則との整合性等について説明を求めている。2021年、ウィシュマ・サンダマリさんが名古屋入管施設で収容され、「仮放免を不許可にして立場を理解させ、強く帰国を説得する必要あり」として、収容を続けて死に至らしめた過ちを繰り返すことになる。「不法滞在ゼロ作戦新プラン」により、「第2第3のウィシュマ事件」が起こることになるだろう。日本で育ち、学校に通っている子どもまでが、ゼロプランの下で強制送還され、あるいは親が送還されて家族が引き離されているのは理不尽そのものである。摘発の強化としての「情報提供、通報の促進策の検討」は、市民や民間組織を管理・監視に動員し、入管庁の出先機関として活用しようとする密告制度の導入である。外国人に対する不安を増長し、相互不信や分断を煽るだけである。日本社会が必要とする外国人を家族とともに受け入れること、迫害を逃れ庇護を求めてきた外国人を難民として受け入れること、尊厳と権利を尊重し、日本社会の対等な構成員として活躍できる制度や環境を整えることを強く求めるものである。
高市政権による「外国人政策」は、「日本人ファースト」の名のもとに、排外主義をはびこらせ、社会のゆがみを広げる危険な動きの拡大である。法務省による、排外主義による差別的で人権侵害である「不法滞在者ゼロプラン」の強化徹底を図る「強力推進パッケージ」政策を撤回するよう政府に強く求める。また、外国人の在留審査手数料の引き上げを盛り込んだ「入管難民法改正案」が国会で成立したが、撤回を求める。44年ぶりの引き上げにより、現行一律1万円が上限の手数料を、在留資格の更新や変更時は上限10万円、永住許可は上限30万円まで引き上げで10~20倍に値上げされた。在留資格は原則3カ月~5年おきに更新が必要である。祖国での迫害を受けた難民の在留資格は命綱である。在留外国人は昨年末で、過去最多の412万人超である。多民族多文化の真の共生社会に向け、厳格化一辺倒の在り方を見直す必要がある。
最後に、今回の家族のように、全国各地の入管で、強制送還が執行されていることに警鐘を鳴らし、改めて、名古屋入管による子どもたちを含む仮放免者二家族の強制送還に怒りを込めて抗議する!
◆「ウィシュマさん名古屋入管死亡事件裁判」判決が、2026年12月11日(金曜:午後2時半)に名古屋地裁で出されます。全国各地から名古屋地裁法廷傍聴にご参加ください。
2021年3月6日にウィシュマさん(当時33歳)が名古屋入管で亡くなってから5年の月日が経ちました。スリランカから日本で英語の教師になるのを夢みて日本に語学留学したウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)は、名古屋出入国在留管理局施設で収容当時、体調不良の訴えや極度の体重減少があり、飢餓状態で点滴治療や、原因となる緊急入院治療が必要であり点滴治療や緊急入院治療を求めていました。収容された名古屋入管施設で、2月15日の尿検査で「ウロビリノーゲン3+」「ケトン体3+」「蛋白質3+」を示す「飢餓状態」を意味するのにもかかわらず、ウィシュマさん本人や支援者が再三求めた点滴や入院、一時的に収容を解く「仮放免」の申請も、「帰国を促すため」として、強制送還させるために受け付けられないまま、ウィシュマさん2021年3月6日に亡くなりました。2021年2月23日の名古屋入管施設で撮影された映像では、「担当さん、病院の点滴お願い」、「もうがまんできない、息もできない」と訴えている声が記録されています。3月3日付の「申出書」には「薬をください」という言葉もあります。その3日後、2021年3月6日、ウィシュマ・サンダマリさんは、本人と支援者の訴えにもかかわらず、救急搬送もされず、飢餓状態であることがわかっていながら、病院への救急搬送もされず、点滴などの治療も受けられないまま亡くなりました。


