
第108回・2026年10月5日掲載

9月29日火曜、マクロン政権の緊縮政策で劣化し続ける公共サービス(公務員の給与は何年間も凍結、予算・人員削減)を守るために、労組(公務員組合など)がストとデモを呼びかけ、全国で20〜30万人の大勢の市民が参加した。パリではレピュブリック広場からナシオン広場までの行程の中間点、バスティーユ広場で消防士たちのデモと合流した。消防士は日曜からエッフェル塔の近くにキャンプをはって抗議運動を行い(職業消防士の組合は9月8日からスト)、火曜はイタリー広場から行進して市民たちに拍手で迎えられた。去る猛暑の夏に記録的な規模になった山火事の際、消防士のひどい労働条件で行動しなくてはならない現実が露呈された。職業消防士もボランティア消防士も予算不足(削減)の犠牲になっている。
高校生運動の勃発と広がり
9月29日のデモは、もう一つの社会運動との接点もつくった。9月18日、パリ郊外ヴァル・ド・マルヌ県クレテイユのサン=テクジュペリ高校で、前日に人員不足などに抗議した教員のストを見た高校生が学校を封鎖するアピールを行ったところ、運動がパリ郊外の別の高校(同県やセーヌ・サン=ドニ県など)にどんどん広がった。29日の労組のスト・デモの日には高校生組合USLが生徒たちの要求を掲げて動員を呼びかけ、デモ隊には「学校は権利だ。軍隊ではなくて高校に予算を!」といった横幕も掲げられた。

高校生たちの要求は、ちゃんとした環境で学びたいという非常に正当なものだ。教員、教員補佐、看護師、心理士など教育スタッフは長年不足しているのに、マクロン政権になってから1万も教員のポストが削減された。この9月からの年度は4000削減、発表されたばかりの来年度予算も1588の削減だ。政府は生徒数の減少を理由にするが、53%の中学・高校で教員は1人以上不足している。
セーヌ・サン=ドニ県モントルイユ市の高校生は語る。「バカロレア(高校卒業資格)試験の主要科目フランス語(国語)や数学の教師が足りないところもあるなんて、異常だ。僕の高校も歴史・地理の先生が9月末になってやっと追加された。夏は35度、冬は寒すぎる学校も多く、ネズミがいる不潔な環境の学校もある。まともな環境で学べない問題は、それぞれの学校で状況は異なっても公教育の全体的な問題だから、運動があっという間に全国に広がったのだ。当然の要求なのに、政府がすぐに答えないのはおかしい。」
教育環境の劣化は他の公共サービスの劣化と同様に20年来の問題だが、マクロン政権でさらに悪化した。1クラスの平均人数はEUの中で最も多い国の一つで、2010年に27,7人が2025年度は30,2人に増えた。雨漏り、カビ、猛暑と寒さに不適応な建物、紙・石鹸なしで不衛生なトイレ等々、校舎と設備の劣悪な状況も長年指摘されてきたが、たとえばイル・ド・フランス地域圏(高校は地域圏の管轄)では公共高校への予算を減らし続けた一方、裕福な私立高校に予算を追加するなど、2015年以後の保守為政のもとで、低所得者が多い貧しい県と裕福な県の格差が増大した。
また、マクロン政権はパルクールシュップという進学選抜システムを導入し、それまで全国共通の資格(バカロレア)が保証していた平等の原理を破壊した。競争論理の強化によって若者の不安は増大しているが、経済的・文化的に進路選択の戦略を展開できる裕福な層に対し、低所得層の子どもはさらに不利な立場に陥った。今回の運動で高校生組合(USLなど)はもちろん、彼らを支持する大学生組合と教員組合もパルクールシュップの破棄も要求に掲げている。
これまで高校生・大学生運動はパリや大都市の中産層の子どもが通う学校から始まったが、今回、パリ郊外ヴァル・ド・マルヌ県(94)で勃発し、セーヌ・サン=ドニ県(93)、ヴァル・ドワーズ県(95)などに急速に広まったのは、生徒たちがあまりに劣悪な教育環境にいるからだろう。そして、教職員と大学生が直ちに高校生の要求を支持・擁護したのも、その正当性を実感しているからだ。「高校生たちの要求は良い環境、機会の平等など、尊厳をもって学べる権利を的確に表現している。私たち教職員も長年、同じことを要求しているので彼らを支援し、警察と問題が起こらないように必要なら仲介し、ヒューマンチェーンを組んで彼らを守っている。でも彼らは運動を自主的にオーガナイズしていて、教員よりうまくやっていると感じる」と、郊外の高校で教えるフランス語の教師は語る。若い高校生たちの率直な言葉と行動力が、多くの市民が感じている長年の困難に対する不満や怒りの突破口になるかもしれない。

過度で不当な弾圧と大本営ジャーナリズム
ところがルコルニュ政府は、高校生の要求を聞こうとしないばかりか、はなから「暴力的」と決めつけ、警官・治安部隊を出動させた。フランスでは大学生や高校生の運動が定期的に起きるが、40年来、政府は(保守であろうと左翼であろうと)ひどい弾圧はせずに、法案の撤回や大幅に予算を注ぐなど、若者たちの要求を受け入れた例が多い。1986年(保守シラク政府)12月、ドヴァケ法案反対運動のデモがあった夜に、大学生マリック・ウセキンが、デモ参加者でないのに不当にオートバイ部隊の警官に殴り殺された事件が起きた。当時の教育大臣は直ちに辞職し、法案は撤回され、オートバイ部隊(通行しながら後部席の警官が棍棒で叩きまくる)は解散された。ちなみに2018年秋に始まった「黄色いベスト」運動の際、マクロン政権はこの恐ろしいオートバイ部隊をBRAV-Mと名付けて復活させた。一方、2006年のCPE闘争(シラク大統領、ドヴィルパン首相、サルコジ内務大臣)では、大規模な大学生・高校生運動が労組や市民の支援を得て、採択された法案を撤回させた。デモに紛れ込む暴力的な人たち(「壊し屋」と呼ばれる)による店のウインドーなどの破壊行為があっても、学校で封鎖をする無防備の高校生に対して最初から治安部隊を送るようなことは、サルコジでさえしなかったのだ。
高校生運動がパリ郊外や全国に広まった9月28日からの週、学校封鎖をして要求を語る高校生の映像に加え、警官による暴力行為(催涙弾やゴム弾銃を打つ、高校生の男女を殴る蹴る、首を締める)や高校生たちが逃げる場面などのビデオがSNSに流れて、衝撃を与えた。14、15、16歳の高校生が片目を失ったり、顔面に催涙弾を受けて顎に重傷を負い、上の歯全部がやられたりしたのだ。負傷者の数は9月30日までに119人、10月1日までに284人と増え続けている。警察側より高校生側が圧倒的に多く、一生回復できないひどい重傷を負った子どもが既に4人いる(黄色いベストのように片目を失った子ども3人)。生徒だけでなく、彼らを守ろうとした教員たちも暴力を受け、現場に駆けつけた「服従しないフランスLFI」の議員に対して、侮蔑的・暴力的な言葉を投げる警官もいた。
ニュニエス内務大臣は、高校生運動は暴力的で中に暴徒がいるから郊外の若者の「暴動」と同じだという解釈から、大勢の高校生を逮捕させた。10日間でその数は5000を超えるが、1968年5月革命の大規模な大学生など社会運動の最中でさえ、これほど大量の逮捕はなかった。治安部隊との暴力的な応酬が続き、マクロン大統領を怯えさせた「黄色いベスト」運動でさえ、2018年の晩秋から2月中旬までの3か月間の逮捕数は8400で、治安部隊側の負傷者も大勢いた。そうした前例から見て、封鎖された学校のうち破壊はごく一部である平和的な高校生運動に対して、弾圧がいかに過度で不当であり、治安部隊の暴力がいかにエスカレートしたかがわかる。「こちらは平和的に封鎖しているのに、高校の前に警官の部隊がきて移民系の子たちに職務質問(身元を確かめる)をやるので、怒って興奮してしまう子もいる。暴力が起きたとしたら、警察の方がその原因を作っているのだ」と前述の高校生は指摘する。いずれにせよ、戦地のような武装の治安部隊を何の武器も持たない未成年に対峙させるニュニエス内務大臣などマクロン政権の政治判断は、非人間的で常軌を逸しているとしか思えない。

また、政府は最初から高校生運動は「服従しないフランスLFI」が焚き付けたという説を繰り返し、高校生の自主性を否認した。運動の発端となったクレテイユの高校はLFIの議員の選挙区にあったため、この県のLFI議員が支援に行き、学区の行政と高校生のアポが直ちにとれたことがSNSで拡散されたため、各地の高校生はLFIの議員と連絡を取った。しかし、これは自発的な運動であり、高校生たちは政治意識を行動しながら確実に高めている。それを政党にマニピュレートされていると見るのは、彼らに対する侮蔑だ。
LFIの議員たちは毎日現地に赴き、警察の暴力的対応を避けようと仲介を勤めた。たとえばサン=ドニ市長のバリ・バガヨコは、同市の高校で生徒と警察の間に入り、燃えるゴミ箱を遠ざけて消そうとした。ところが、その映像を部分的に使って彼が放火したというフェイクニュースが流れ、再びバガヨコ市長について、いくつかのディアが悪意ある不正確な報道をした。そして、24時間テレビをはじめ多くのメディアは政府の「暴力」ナラティブを垂れ流し、燃えるゴミ箱や設備の焼け跡など、一部の破壊的映像を流し続けた(たとえばBFM24時間テレビでは、高校生運動についての政治家へのインタビューの間ずっとバックに炎の映像を映すなど)。ACRIMEDという独立メディア機関が計算したところ、9月28日から10月1日までの公共テレビFrance2の昼と夜のニュースで、高校生運動についての報道のうち、「暴力と物的被害」にあてられた時間は75%、「LFIへの非難」が12%、「高校生の要求」はたったの8%(1分56秒)、「警察による暴力」は3%だった。
政府の現実否認の背景にはまず、他の社会問題や温暖化対策においても同様だが、教育予算を増やしたくないので、本気で問題解決のための政策を行う意思がないという事情があるだろう。高校生の要求を聞いて対処するのを避けるために「暴力」行為にすり替え、燃え広がらないうちに一挙に潰そうとしたわけだ。それに従った多くのメディアとこの政権の高校生運動の見くびりには、郊外の高校生(若者)に対する差別意識も働いていると感じる。移民系の生徒が多い郊外の高校ではなくてパリの名門校で封鎖が始まっていたら、内務大臣は治安部隊を直ちに出動させただろうか?実際、警察が送られるのは主に、政府が「危険な郊外」と考える移民系住民が多い地域の高校だ。
そうした地域では多くの警官が日常的に移民系の少年をチンピラ扱いし、彼らに対して頻繁に職務質問を行っている。その延長線で、無防備の高校生たちに催涙弾やゴム弾を打ったり、暴力を振るったりする警官がいるのだろうか?首を絞められた上に逮捕された14歳の女の子は白人(むろん両親は訴訟を起こした)だし、警官の暴行を止めようとした通行人が暴力を受ける例もあり、誰彼なしに暴力を行使する異常な精神状態の警官がいることを示している(黄色いベスト運動のとばっちりで、居合わせた若い女性が頭蓋骨を損傷するひどい暴力を受けた事件があったことを思うと、レイシズムだけでなく女性への差別主義もあると言えるだろう)。警官による暴力のエスカレートには、去る7月に国会で可決された警官の発砲を正当防衛と推定する「殺人許可」法案も関係しているかもしれない(まだ元老院での討議前で最終的な採択ではないが)。
https://labornetjp2.org/news/260724pari/
一部の警官には、何をやってもいいという権力感が助長されたのではないだろうか。そして、警官による暴力事件について、どんなに不当な暴力で警官の虚言が露呈しても、これまで常に警官を擁護してきた内務大臣、政府と大統領の態度が問題だ。それはつまり、政策を行うために反対運動・反対者を警察の暴力によって制する政治であり、警察国家・強権国家に既に移行していると言えるかもしれない。そして、未成年に対するそれら法外な暴力を重大な問題として提起せずに、「大本営発表」に沿ってセンセーショナルな映像を演出して「暴力」を語るほど、公共放送を含むたくさんのメディア(のトップとキャスターたち)は劣化してしまったようだ。(それを告発し、職業倫理と民主主義感覚を失わないジャーナリストによる、主にネット上の独立メディアは複数健在である。)
大規模な社会運動の可能性
それでも、高校生運動を見くびり一挙に潰そうとしたマクロン政権の試みは失敗した。警察の出動にショックを受けた教員、校長など教育スタッフ、父母たちは高校生を守るために現場でヒューマンチェーンを組んだ。ル・アーヴルなどでは労働総同盟CGTの組合員が駆けつけ、治安部隊と高校生たちの間に防御の列を組んだ。9月29日の労組のデモの際に高校生運動と労組や市民の合流が実現し、高校生組合が10月1日に呼びかけた10月6日のデモは、CGTやSUD系など多くの労組と全教員組合、父母組合、全大学生組合、市民団体やLFIなども呼びかける大規模な連帯に発展した。LFIの大統領候補ジャン=リュック・メランションは非暴力を強調し、大勢の市民のデモへの参加を呼びかけた。半世紀以上の政治・社会運動を経験してきた彼は、過去のデモで警察の暴力から若者の運動を守るために大人が着用した白ヘルメットや白い腕章を着けて参加しようと呼びかけた。
10月1日には封鎖やアクションを行なう高校が全国で600〜1000(総数3700)に及んだほど運動は拡大したため、教育大臣はようやく10月2日に高校生組合、父母組合、教員組合との面談を行った。しかし、「行動プラン」をつくって教員の不足に対処するとか、意見を聞くプラットフォームを作るなどだけで、具体的な提案は何もなかったため、高校生組合USLは10月6日のデモを再び呼びかけた。「要求はもうわかっているのに今さらプラットフォームなんて人を馬鹿にしている。予算を出せ、要求に答えろ」と高校生たちは政治的に反応した。人権団体や司法官の組合からは、警察による暴力を告発する声明が出された。世論調査では、高校生の要求を正当だと答えた率が62%と、過半数をはるかに上回る結果が出た。政府とメディアがどれほど運動の趣旨を不可視化しようとしても、高校生の言葉は多くの市民に届いたのである。多くの大人は高校生の親や祖父母、叔父・叔母や教師、隣人、友人でもあり、彼らの困難な現実、不安や怒りを理解や想像することができるのだ。
ところで、教育大臣との面談には、それまで聞いたことのなかった「高校生再生」という高校生組合も呼ばれていた。その後すぐ、多くのテレビにこの団体の代表が呼ばれて、政府の対応に好意的な見解を述べた。あるテレビのライブ放送で彼と同席したLFIの議員は、その組合代表がマクロンの党ルネッサンス(「再生」の意味の別の単語)の大統領選候補アタル(元教育大臣、元首相)のキャンペーンに参加していることをその場で暴露した。即座にSNSに、彼が高校生ではなく、アタルの長年の協力者の企業に勤めていることを証明する情報が提示された。マクロン与党は以前も自分たちが操作する高校生組合を作り、公費を支給しつつ政府に有利な活動をさせたことがある。公正な個人の自由を謳う彼らは、でっちあげの名人なのだ。
もう一つつけ加えると、高校生側の一部の暴力や、暴力が目的で混じってくる人々がいるのは事実だが、警官が「暴徒」に変装して暴力行為をしている映像などもSNSに流れた(撮影した独立ジャーナリストが解説するのでフェイクニュースではない)。また、治安にあたる警官には自分の職業番号を明示する義務があるが、番号をつけていない警官もいる。覆面も禁止されているが、覆面をつけた警官もいる。治安部隊内で規則違反が管理されているとは言い難い。
この高校生運動がめざましいのは、労組や左翼政党、多くの市民の連帯を引き起こしただけでなく、10日間で一つ目の勝利を得たことである。ルコルニュ政府は上級技術者資格BTSコースとグランドエコールの準備学級への登録料を導入するつもりだったが、教育大臣は10月2日の夜、この提案を取り下げた。多数の負傷者と逮捕のトラウマなど受けた被害は大きいが、支援と連帯を広げて10日間で勝利を獲得できた高校生運動のダイナミズムは素晴らしい。マクロンは第五共和政で最も若くして大統領に選ばれたのに、これまでで最も若い世代を見くびり、子どもや若者の現実と将来を軽視する政策を続けた人物である。コロナ危機の際も彼らへのケアは不在だったし、子どもへの性的虐待という多発し続ける重大な問題に対しても、相変わらず告知だけは勇ましいが、本気で対策をとる意思は全く不在だ。来年5月に任期が終わる腐り切った統治期の最後に、社会の未来を担う高校生たちが立ち上がったことは象徴的に感じられる。
10月6日のデモに続き、中旬には国会で2027年度予算の討議が始まる。450億ユーロも削減する(公共サービスさらに削減、超富裕層には減税して低所得・中間層、病人など弱者への負担増加)福祉の劣化をさらに進める予算だ。左翼は内閣不信任決議を提出する予定だが、極右の国民連合は高校生運動に対して全く否定的で秩序が第一の上、教育、文化、福祉予算の削減にはいつも賛同するので、保守と一緒にルコルニュ政府を延命させるだろう。高校生運動は、国会での討議に影響を及ぼすに違いない。10月17日には「黄色いベスト」運動のアクションが呼びかけられているが、高校生運動が引き越した社会運動の活性化は、そこにも繋がる可能性がある。トランプが引き起こした戦争により、エネルギー資源の価格が高騰してインフレが進む中、多くの人々の生活難は不満と怒りを内包している。高校生運動は、68年の五月革命に匹敵するような大規模な社会運動に発展する突破口になるかもしれない。これ以上、ひどい弾圧が悲劇をもたらさないことを祈りつつ、私たちはこのたくましい若者たちの支援を続けよう。彼らは社会の未来を築くヌーヴェル・フランス(新しいフランス)なのだ。
2026.10.4 飛幡祐規(たかはたゆうき)
*ヌーヴェル・フランスがつくる「共同の未来」(フランス大統領選について)連載
https://note.com/yukris/n/n15f8f5f72e27


