第111回・2026年11月6日 掲載

10月24日のデモ

 高校生運動の広がりに続く2026年10月17日の市民大抗議運動は、翌土曜の24日、3週目の土曜31日にも繰り返された。10月17日、高校生・大学生、労組、黄色いベストなど無数の市民が物価高騰に抗議した平和的デモに、治安部隊は出発時刻に先んじて催涙ガスや手榴弾などで攻撃し、混乱を引き起こした。主要メディアはめざましい規模のデモの映像を流さず、要求と抗議内容に言及せず、カオス状況で発生した破壊や店の略奪の映像と話題ばかりに報道を絞った。マクロン大統領と政府は、暴徒「壊し屋」による暴力のみを語って警察による暴力を不可視化し、運動・デモによって国の秩序が脅かされているという印象をテレビを見る市民に植えつけようとした。そして、不当に行われた大量逮捕者に略式迅速裁判で厳しい刑を課す一方、「共和国の秩序防護」を名目に、夜間外出禁止令の発布、デモの禁止やコース変更など、法治国家の原則を逸脱する強権的措置を次々と施行した。

 マクロン政権は若者や市民の抗議と要求に応える意思がないために、過度の弾圧で運動の弱体化を狙ったのと同時に、政敵の野党「服従しないフランスLFI」を失墜させようと、破壊と略奪を後ろで操るのは「ウルトラ左翼」とLFIだという根拠のないナラティブを強化した。しかし、政府やメディアでの激しいバッシングをものともせず、LFIは国会と実社会の中で力強く活動を続けている。毎週、フランスの複数の町で開かれる政治集会に多くの市民が集まり、国会では政府の2027年度緊縮予算への「対抗予算」(高校生・大学生の要求や物価高に応え、抜本的な温暖化対策と公共サービス擁護にもとづく)の修正案で闘い、活動家と議員はデモに参加し続ける。

 LFIの大統領候補ジャン=リュック・メランションへの支持は増え続け(「市民推薦は46万を超えた)、世論調査でも18%(投票6ヶ月前高い値になったことはない)に達し、決選投票に残れる予測が増えてきた。四大24時間テレビ(C News、BFM、LCI、FranceInfo)の監視プラットフォームVigiNewsによると、今年の3月から10月末までの8ヶ月間に、メランションは最も否定的に語られた政治家(否定的報道31%、極右のルペンは11%)だ。最も話題にされたのは多い方からルペン(極右)、メランション(急進左翼)、バルデラ(極右)、フィリップ(保守)、アタル(マクロン与党)で、極右の比率が異常に高い。にもかかわらずメランションの支持率が上がっているのは、市民が愚かではないことを示していると言えるだろう。

権利侵害に対抗する楽しいデモ

 大抗議運動が行われた10月17日から31日までの3回、土曜日デモの全てに通った。弾圧やコース変更など自由の侵害がますます強くなっても、市民は若者も大人・高齢者も怯まずに、上機嫌でプラカードを掲げて路上に出るのがフランスのすごいところだ。規模も、2023年に起きた長い年金改革反対運動に匹敵する記録的な人数だが、週日に行われる労組のデモが組合のトラックと共に大勢の組合員を動員するの対し、週末のデモは高校生・大学生と普通の市民が大多数で、斬新で創造的な要素が多いのでもっと楽しい(警察が遠まきにいる間は、衝突や暴力、破壊は全然起きない)。

 一方、警察・政府の強権行使はますますエスカレートしている。10月24日のデモでは、若者、教員、労働者組合と警視庁が合意したバスティーユからナシオン広場へのデモコースを、前日の午後に警視庁が一方的に変更した。マクロン大統領が「組合による許可されたもの以外のデモは正当でないから禁止せよ」と語ったのを受けた過剰反応だろう。

 主催者側は急速審理を訴えたが、行政裁判所は警視庁の言い分を認めた。同日、左翼政党と市民団体は、デモの権利を大統領がとやかく言うマクロンの発言は権力の濫用だと国務院(コンセイユ・デタ)に訴えたが、「大統領の演説は行政命令ではなく、デモの禁止は県庁と警視庁の権限である」と国務院は審議を却下した。そこで急遽、新デモコースのイタリー門への集合が決定された。

 イタリー門からヴァンセンヌ門までのコースでデモが行われたことは、かつてない。パリを一周する大通り(車専用の環状線より少し内側)は商店や人並みが少なく、市民へのアピール効果がないのでデモコースには使われないのだ。トラムが通るこのコースは、イタリー門のすぐそばに住む私にとって馴染みの地区だが、「広場」がなく社会住宅が並び、バスティーユからナシオン広場への市内コースより殺風景な場所だ。

 組合やLFIは、マクロンと政府側の挑発(急なコース変更で混乱を狙う)をかわそうと、このコースで平和的抗議デモを行って市民の力を示そうと呼びかけた。事実、すっかり秋めいた曇天下、いつもはトラムと車が走る大通りを無数の市民が埋め尽くし、17日に勝るほどの画期的な動員になった。主催者発表全国80万人、パリ25万(警察発表全国41万、パリ11万)。他の都市でも同様に平和的デモに大勢の市民が参加し、教育費や賃金アップなどの要求と共に、マクロンと政府の権力の濫用に断固として抗議した。デモは憲法に記された市民の権利であり、大統領や政府に誰がデモしていいか決める権利はないのだ。法治国家の原則を無視したらファシズムだと、人々は今日も「私たちはみんな反ファシスト」をシュプレヒコールし、「マクロン辞任!」も頻繁に叫ばれた。黄色いベスト運動で生まれた「私たちはここにいるよ、マクロンが嫌でも、労働者の名誉ともっと良い世界のためにここにいるよ」と民衆の権利を主張した。

 10月17日の大抗議デモ後の政府とメディアの「暴徒(壊し屋)による破壊と略奪」ナラティブ大攻勢のせいで、24日のデモは政府や警察による罠に陥る危険があった。政府とマクロンの態度に人々の怒りは募っていたが、大通りを埋め尽くした群衆は陽気でパワフルだった。しかし、終点地で警視庁はメトロ駅を閉鎖し、治安部隊が再び催涙ガスなどを行使したので、被害にあった人々もいる。

 翌土曜の31日、再び同じシナリオが展開された。バスティーユからナシオン広場への市内コースを警視庁は禁止し、今度は北東部バニヨレ門からシャラントン門までの南下コースを指定された。前日、急速審理で行政裁判所は警視庁の主張を却下したにもかかわらず、警視庁はコンセイイユ・デタ(国務院)に訴え、夜22時に国務院は聴取を行い(金曜の夜遅く!)、真夜中をはるかに過ぎて出された判定は警視庁の主張を認めた。弁護士たちは、憲法に認められたデモの自由の主張に対して、国務院が法的根拠を全く示さずに市内デモコースの禁止を認めたと憤慨し、また政府(警視庁や県庁)が民主主義の原則を無視してデモの自由など市民の基本的人権を侵害していることに強く抗議した。パリの周りの大通りでデモが行われたことは第五共和政においてこれまでなく、市民の自由の危険な後退だと警告している。

 翌朝コース変更を知った人々は、それでもさまざまな変装(コスプレ)でバニヨレ門に集まった。この秋の運動の特徴の一つがコスプレで、とりわけ目立つのがスパイダーマンや『ワンピース』のルフィー、麦わら帽、海賊旗だ。ルフィーと海賊旗は「自由を表し抑圧と闘っているから」だと彼らは言う。『ワンピース』の海賊旗はすでにインドネシアやモロッコで、若者の抗議運動に使われていた。31日はいつも目立つスパイダーマン、ルフィーや動物などに加えて、ハロウィーンの仮装も多かった。警視庁はハロウィーンの仮装まで禁止しようとし(法律上不可能なのに)、これまでも警察は催涙ガス防護のマスクを「怪しい変装」として不当に没収してきた。この不吉な過剰武装をした治安部隊に比べて、妖怪や怪物のコスプレはなんと可愛らしく、「不安」解消に適していることだろうか。

ハロウィーン「幽霊は欧州議会のバルデラよりよく見える」(国民連合の党首バルデラは、欧州議員なのに議会で最も欠席が多い)

 高校生など若者はダンスやコーラスなどもデモに取り入れ、以前からバトゥカーダなどの楽隊が盛り上げてきた行進がさらに楽しくなった。パリの日本語新聞オヴニーの高校生抗議運動特集で、このすばらしいZ世代についても書き、楽しい雰囲気がわかる写真もたくさん掲載したので、覗いてみてほしい。
https://ovninavi.com/mouvement-lyceen-etudiant2026/

 彼らの政治的習熟、勇敢さ、正義感と倫理観、優しさ、ユーモアに富んだ創造性などがどこから生まれたかを、パリ郊外モントルイユ市の高校でフランス語を教えるエリーズに聞いてみた。これまで21年間教師を勤めてきた彼女は、自身も連れ合いの子どもを含めて思春期の子4人と大学生1人の母親であり、時代の変遷をよく観察してきたと言えるだろう。Z世代はネットによる繋がりによって国境や階層の枠を超え、多様性を現実に生きている、とエリーズは指摘する。それで他者への共感、寛容さ、連帯を身につけたのだと。たしかに近年の運動では女の子がますます多くなり、LGBTや出身、宗教などによる差別がなく、いろいろな子どもが仲良く一緒にやっている点がめざましい。これがまさに「ヌーヴェル・フランス」だと実感する。

 エリーズも属する彼らの親世代が若い頃は、フランスでネオリベラリズムの考え方が浸透した時代で、個人主義や消費が謳歌された。ところが彼らの子どもたちは親世代の生活難やストレスを見て、そんな理想が幸福をもたらさなかったこと、政府やメディアがいまだに弁じる「経済発展」や「成功」が嘘だと理解した。競争と利己主義によって地球を破壊し、人間を痛めつけてきた大人たちがかざす不当な権威に、彼らは服従しない。「私たちは学校で人権宣言やランボーの詩、ラ・ボエシーの『自発的隷従論』を学んだ。あなた方が提供する悪夢ではなくて、もっとすてきな未来がほしい。別の世界をつくりたい」 

レイシズム・イスラモフォビアの言葉の流布が引き起こしたテロ

 高校生と市民の抗議運動が続く中、10月23日にパリの西近郊トラップ市とラヴィリエール市でレイシズム・イスラモフォビアのテロが起きた。 39歳の男性が車から機関銃で通行人を狙い1人が死亡、5人が負傷した(そのうち1人は12歳の女の子)。銃撃を続ける途中で逮捕された犯人のケヴィン・テシエは「17日に破壊・略奪された商店の復讐だ」と語った。反テロ検察局の担当検事は、被告が「イスラム教徒、アフリカ人、マグレバンらしき人を狙った」と言いつつレイシズムを否定し、犯行を悔いていないと表明した。自宅にはヒットラーの『我が闘争』と聖書、コーラン、国民連合RNのステッカーが見つかり、自宅に爆破装置を仕掛けていたので計画的犯罪である。犯人はまた、時間を間違えなければモスクも狙うつもりだった。

 調査が進みにつれ、犯人が日常から差別発言とヘイトスピーチを行い、極右系24時間テレビC News(極右の大富豪ボロレがオーナー)や極右サイトを頻繁に見ていたことがわかってきた。さらに、彼が犯行の3日前に、郊外の別の町で黒人に暴行を加えたことがわかった。ところが、市立警察は被害者の黒人にまず手錠をかけ、テシエはすぐ解放されて3日後、つまり銃撃テロが行われた日に出頭を言い渡されていたことも露呈した。もしこの時、黒人への暴行事件にちゃんと対処していたら、テロは防げたかもしれないのだ。

 事件が起きた午後、マクロン大統領は現地に赴いてレイシズムのテロを糾弾した。トラップ市長のアリ・ラベ(左翼小党ジェネラシオン)は、人種差別だけでなくイスラモフォビアのテロでもあると指摘し、憎悪ではなくて和合をよびかけると共に、極右の差別発言が厳しく咎められず横行している状況を問題にし、極右の政治家とメディアの責任を問いただした。国民連合のルペン、バルデラ、ルコンケートのゼムールらの頻繁な反移民・イスラモフォビアの差別発言の中には、トラップを「イスラム共和国のミニチュア」、イスラム原理主義のメッカだとする誹謗中傷もあり、犯人はだからこそトラップ市を選んだのである。

 ラベ市長に限らずLFIなど左翼の政治家たちも、長年メディアで流布されたこれらの差別発言と、10月17日以降に「暴動」ナラティブの中で、極右が「暴徒は移民のマグレバンと黒人だ」という虚言を語り、それがメディアで拡散されたことを問題にした。LFIのマチルド・パノーは「レイシズムは人を殺す。武器を持つ人たちがいて、彼らの思考を武装した人たちがいる。言葉が人を殺すこともあるのだ」と指摘し、メランションは別のパリ郊外で行われた追悼集会で、「これまで既に、差別主義によるあまりに多くの犠牲者が出た(ユダヤ系の人、キリスト教の神父、アラブ系と黒人)。その際にあまりに多くの人々が沈黙し、憤慨しなかった。私は決して黙らない。正義が行われなければ平和は実現できない。何日も破壊の映像を流して憎悪や復讐心を引き起こさなかったかどうか、各自が自分に非がなかったか、責任がなかったかを考えるべきだ」と述べた。

トラップの集会

 テロのあと、トラップ市やパリ郊外をはじめ、フランス各地の市で犠牲者の追悼集会が行われた。10月28日、サン・ドニ市の追悼会では、犠牲者のコンゴ民主共和国がルーツのペンゴ・ボシオ・ワンギの遺族に続き、バリ・バガヨコ市長が発言した。彼は、ペンゴの父親が若い時、パリのレ・アール地区で黒人やマグレバンの若者を襲撃していた極右スキンヘッドに対する防衛グループで活動したことに言及し、私たちはその闘いとペンゴの闘いを受け継いで、大きな反レイシズム運動を展開しようと呼びかけた。

 これらの集会で、遺族をはじめ人々は哀しみの中で、怒りより尊厳と連帯を表現していた。30日のトラップの追悼集会には12000人が集まった。同市に住む友人は、とてもいい町で夜遅く帰宅しても危険を感じたことはないと言う。しかし今、移民系の市民はいつ自分の家族、友人、自分自身もレイシズムの犠牲になるのだろうかという不安を抱かざるをえない。市民のひとりは追悼に参列したメランションに向かって、「越えてはならない一線を越えた」と訴えた。この追悼に、政府の閣僚と保守、マクロン与党議員から誰も参列しなかったことは、フランス共和国の大きな恥であり、政治的・倫理的な過ちである。

 これまでもイスラム教徒やマグレバン(アラブ)、黒人をライフルやナイフで襲った事件が何度か起き、死者も出ている。しかし、「レッドラインを越えた」という表現は正しい。国会でペンゴを追悼する黙祷はなされたが(マリーヌ・ルペンは欠席)、極右やメディアの差別発言の蔓延を問いただした左翼議員に対して、ルコルニュ首相は、黒人だという理由で殺されたペンゴの死を、2月の極右の青年(反ファシストのグループを襲撃した極右グループに加わり、格闘後に死亡)の死と同等に見る発言をした。極右議員2人は、テロの後にもトラップとイスラム原理主義を結びつける発言を繰り返し、保守やマクロン与党の政治家から差別的言説を諌める発言はなかった。そして、極右テレビではこれまでと同じ反イスラム、反移民の発言が続いたのである。極右によるレイシズム・イスラモフォビアの襲撃やネオナチ団体の行動はこれまでも矮小化され、報道も控えめで、「極右」という言葉さえメディアではほとんど使われないほどだったが、死者と数人の重傷者を出したレイシズムの極右テロが起きても、この政権の人々はその重大さを矮小化して、差別発言を取り締まろうとしない。「レッドラインを越した」とは、差別の言葉に頭と心をすっかり汚染された人間が武器をとってそれを行動に移したことを指すが、マクロン政権もレッドラインを越えたのである。

 しかし、市民はちがう。今年の6月に、1人の市民が国会の署名サイトで「C Newsをフランスの地上波テレビから排除しよう」という署名を始めた。この24時間テレビは2019年以後、ARCOM(視聴覚コミュニケーション規制庁)から差別発言や歴史修正主義などが繰り返し放映されたために27回も叱責を受け、63万ユーロ罰金を課された。にもかかわらず、再び地上波の権利を10年延長されたことに抗議したものだ。トラップのテロ後、すごい勢いで署名数が増え、現在90万に近づいている。50万以上署名が集まれば、国会会派の会長たちの受諾後、本会議で討論することができる。極右の国民連合が反対するだろうが、これほど多数の市民の要請を却下したら、国会議長や反対した政党、そして第五共和政のの反民主的性格がさらに印象づけられるだろう。

 今日11月5日は、統一労組デモ・ストに高校生・大学生も加わるが、警視庁は主催組合側が何度コースについて質問しても回答せず、再び直前の前日午後 デモコースの変更(要請コースの禁止)を押し付け、急速審理も却下された(夜遅く)。当日の様子は、次の記事で報告する。

11月5日  飛幡祐規
 
*パリの窓から110 10月17日の大アクション〜マクロン政権に対する抗議の炸裂
https://labornetjp2.org/news/261019pari/
*ヌーヴェル・フランスがつくる「共同の未来」#2(フランス大統領選について)連載
https://note.com/yukris/n/n29ba27387faa