
<評者:内藤洋子>
毎木曜掲載・第446回(2026.8.20)
『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂 著、晶文社、2019)

今年、濱口竜介監督の同名の映画が、カンヌ国際映画祭での主演女優賞受賞で評判を呼んだ。
変なタイトルである。ふつうにはない奇妙なタイトルに惹かれ、映画は見ずに、原作を読んでみた。
2019年に出版された本書『急に具合が悪くなる』は、哲学者の宮野真生子と、文化人類学者の磯野真穂との全10便の往復書簡である。同年の4月に始まり、3カ月後の7月、最後に交わされた10便、「ほんとうに、急に具合が悪くなる」で終わっている。二人は旧知の間柄ではなく、半年前の「からだのシューレ(学校)」というワークショップを通じて知り合った。9年前から乳がんを患っていた哲学者宮野が、病を抱えて生きることの不確実性やリスクの問題を専門的に深めてみたいという思いで、磯野を伴走者として企画したものだという。
医療の進歩で、今はがんも不治の病ではなくなり、かかっても元気に暮らしている人も多い。その程度の認識であった磯野は、宮野から、多発転移が起こっており、医者に、「急に具合が悪くなるかもしれない。」と言われたと打ち明けられ、戸惑うことから1便は始まる。当然ながら、宮野の戸惑いは大きかった。「まだ人生は続くと思い、日々の予定は組まれてあった、イベントの予定もキャンセルし、家を片付けようと服をゴミ袋に一杯詰めて捨てたりもした」、と話す。「念のため、ホスピスを早めに探しておいてほしい」との医者の言葉を受けて、仕事の合間にホスピス探しも始めた。
これに対し、磯野は、<お大事に>とか、<無理しないで休みな>などとは、言わない。それは優しい気遣いの言葉と見えて、健康な人が病気を持つ人を突き放してしまうから。やみくもに代替医療や民間療法を提案したりもしない。
2人は、カウンセラーとクライアントの関係ではない。カウンセラーは通常自分の価値観は開示せず、相手の話だけを聞くことで、患者の心身の痛みを受け止め緩和する。しかし、そこにあるのは、患者と非患者という圧倒的に不均衡な役割分担である。病状が変化し、治療が変化するなかで、「死」に関わる可能性、確率の問題をどう考えて今を生きていくのか、その問いを巡って二人の手紙は続く。
じつは、「急に具合が悪くなる」可能性は、私たち皆等しく抱えて生きているのではないか、と磯野は指摘する。病気でなくても、事故や災害の危険性に晒されて、私たちの人生はある。(そう、最近ビルの上から身投げした人の巻き添えで、歩道を歩いていた若い女性が亡くなったというニュースがあった。友人との食事を終えて帰宅途中だったという。大半の人は、<不運で気の毒だったね>の受け止めで終わり、自分事とは思わない。なぜなら自分がこんな目に合う可能性はゼロコンマ以下であろうから。)
「死はたしかにやってくる。しかし今ではない。」(ハイデッガー『存在と時間』)
だれの未来にも、死は確実にある。それを免れることはできない。「しかし今ではない」として、私たちは死を意識せず日常生活を送っている。早めのホスピス探しを宮野に求めた医師は、エビデンスに基づいてリスクの確率を説明する。それは医師の対応として正しく、合理性を重んじる宮野も主治医を信頼している。
だが、宮野は問う。「いつだって未来に死はある。しかし、なぜその未来の死から今を考えなくてはならないのか。未来にために今を使うことはしたくない」と。「かもしれない」という第3者のリスク予測のなかで、どんどん今の可能性が狭められてしまうことに、宮野は違和感を覚える。日常が100%患者フェーズで塗りつぶされてしまうと、会話は行き詰まり、身動きがとれなくなる。病と日常のまだら模様の生活の中で、「ほどほどの患者」のポジションを探っていきたい、と宮野は語る。
だが、この間にも宮野の具合は悪化の一途をたどる。大量のモルヒネも効かないほどの痛みに耐えながらも、宮野は20年来研究対象としてきた九鬼周造が問い続けた「偶然性の問題」を、いま自分の身体に起きたこととして分析し言葉にしようとする。自分ががんになったのは必然ではない。「ないこともありえた」「にもかかわらず」がんになってしまった。この逆接の偶然性を引き受けて生きることの意味を、哲学的に問い、磯野との対話を重ねていく。語ることで、自分だけの閉じた時間に立てこもるのではなく、必然の死に向かって辿る直線の時間ではなく、他者との関係を紡ぐなかで生まれる「厚みのある時間」に、自分の踏み跡を残したいと。「世界はいつでも新しい始まりに充ちている。そんな世界へ出て、他者と出会って動かされる事の中にこそ、自分の存在が立ち上がる。」
「私たちはこの世界がさまざまな偶然という出会いから、自分を見出し、新しい「始まり」が生まれてくることを知ることができます。なんて世界は素晴らしいのだろうと、私はその「始まり」を前にして愛おしさを感じます。偶然と運命を通じて、他者と生きる始まりに充ちた世界を愛する。これが、いま私がたどり着いた結論です。」この言葉で締めくくった第10便を書き終え、思索の伴走者磯野への感謝の言葉を添えて、ほどなく宮野は亡くなった。享年42歳だった。
私たちは死と裏表にある日常を生きている。それを自覚したとき、たまたま生かされている「今」の自らの立ち位置を見つめ、未来への期待につながる次の一歩を選び取っていきたいと、改めて思う。

