<評者:大場ひろみ> 
毎木曜掲載・第451回(2026.9.24)

大内力『日本の歴史 24−ファシズムへの道』(中公新書)
−「新しい戦前」としての現在を理解するための必読書

 ずっとWEB論壇誌「現代の理論」で1920~30年代の日本について書いている。特に次回10月掲載予定の回では、度重なる恐慌に苦しめられた中小小売商が、対策を求めて運動する経過を追ったが、彼等が大資本やそれと結託する政党政治に反発し、ファシズム政党に接近されるくだりは、現在の(特に旧)中間層が参政党などの極右に取り込まれていくのと重なって見えた。現に家の近所の豆腐屋がそれまで公明党のポスターを貼っていたのに、国民民主へ変わり、そして今度は参政党をど真ん中に張り出したのには驚いた。

 そんな「新しい戦前」を意識させる今を、あぶり出してくれるのが本書だ。1974年初版だが、マルクス経済学者大内力の経済分析が骨組みになって組み立てられた歴史認識は、現在になっても古びない。

 しかし現在と共通する部分が目につく一方、違う要素も多々あることに気づく。第1次大戦後の戦後恐慌、関東大震災、金融恐慌、昭和恐慌と続く不況の波も、それぞれ違う複雑な過程を追っている。昭和恐慌を頂点とする不景気は今日のバブル崩壊後の慢性不況とは過酷さ、というか性質が違う。恐慌はあらゆる急性発作が立て続けに起こるが、今日の不況は、長い間人工透析を繰り返して全身不全になっていくようなものだ。

 戦後恐慌では対策として財政を膨張(軍備拡大、銀行救済、公債発行など)、増税してインフレ策が取られた。その後緊縮を図ったが、関東大震災で公債を発行せざるを得なくなり、また震災手形というその後不良債権化するガンを生んだ。金融恐慌では乱立していた銀行を再編成してある程度大きな銀行にまとめたので、大銀行はお金が余り始めた。

 アメリカに資金が集中し、上昇し過ぎた株価がはじけて起こった世界大恐慌と連動して起こった昭和恐慌に対しては、浜口雄幸内閣では産業の合理化を図って企業をカルテル(独占)化し、財閥を形成させ、中小企業には工業組合を作らせて経済体質の強化を目指したが、結果、貧富の差を拡大し、社会運動が激化した。バトンタッチした高橋是清蔵相が指導したのは、対外的には金本位制を再廃止して、円安を誘導し、輸出を促進させたことと、対内的には軍事費を拡大し、重化学工業を発展させ、土木事業で失業対策、公債をバンバン発行して通貨を膨張させ、一方労働者の賃金を抑えて企業の利潤を増やし、インフレ策を取ったことだ。つまり財政膨張だ。結果、外国から「ソーシャル・ダンピング」と非難され、各国の関税引上げ・平価切下げ競争を呼び、ブロック経済化が進んで、戦争への道を開く。また軍事費拡大によって力を持ち過ぎた軍部を抑えることが出来なくなった。さらに大資本優遇を批判し農村救済を建前とした軍人らが起こした2・26事件によって、高橋自らが犠牲になった。

 これらの過程を見ていくと、金融緩和(利下げ)、財政膨張、円安などのインフレ策やら、銀行再編・救済、事故を起こした東電の救済など企業に手厚いところやら、労働者の賃金を抑えるやら、いろいろな対策に共通点があるのがわかる。経済対策というのはよくも悪くも進歩していない同じ手順の繰り返しであり、栄養を与え(財政膨張)、目立った患部(大企業)を手当するのに過ぎない。結果、そもそも救済されるべき中小商工業や持たざる者の生活が圧迫されても、その内血の巡りがよくなる(金が回る)だろうと様子見するだけである。

 自民党政権が軍備拡張、原発再稼働だの、デジタル推進だの、都市再開発だのいってるのも、国際協調や環境問題などは眼中になく、すべて財政膨張して経済政策を打ってるつもりなのだと思えば見当がつくが、納得はいかない。軍備拡張してもアメリカの兵器を主に買うだけなので、出ていく金が増えるばかりで逆効果だ。そこで三菱重工や商社や銀行までがおこぼれに預かりたくて兵器産業への参画に名乗りをあげるわけだ。都市再開発では、持てる者は金利がほぼないので投資先を求めて不動産や株に走り、マンションなどの住インフラの価格が株と共に急上昇し、住みたい人の家がなく、デベロッパーは高いビルを建てては濡れ手で泡の大儲けをこれでもかと狙っている。今頃ちょびっと利上げしても効果はどうか。

 自民党が同じことをしても、個々の現象面では今の様相は戦前とは違う。最も違うのは新自由主義が進行して、国家の政策などでなくグローバル企業の金儲けが世界を席巻しているということだ。デジタル化が進んで、国家など関係なくデジタル企業が直接デジタル農奴(ユーザー)から金を巻き上げる。アメリカのビジネスマン大統領が古い箱から取り出すのは、関税引上げとブロック経済化のようだが、日本はもはやブロックの中どころか、アメリカのために食べ物を消化する胃袋で、何でも貢いでヘラヘラ笑っている。

 そんな笑う胃袋の日本では、政治情勢は、戦前の2党プラス無産政党やファシズム政党がボウフラのように湧いているのと比べて、1党独走の後ろにコバンザメ候補がわらわらと憑りつき、その他大勢の左派が内輪もめで機能不全なので、ちょっと似ているような似てないような。

 一番似てほしくなくて似ているのは、治安対策だろう。反共(社会主義弾圧)から言論の取締りへ、治安維持法へ。敵を外に作って排外主義を広める。大学の先生が職から追われる。今は反共から政策に異を唱える行動への抑圧、個人情報保護法、スパイ防止法、そして排外主義を広めてガス抜きし、大学の先生が排除される。

 対外政策は、夜郎自大に満州へ乗り出して欧米列強を敵に回し、世界の孤児となったのに比べて、今はアメリカの使い走りだから、頼まれてもいないのに中国に向ってアカンベエをして見せて、ちょっと叩いてこいと言われたら殴りに行って、ズタ袋のように叩かれて不幸な家族を増やすのだろう。あまり似ていないが愚かなところだけ似ている。そして無責任な政府と国民が口を揃えて「私のせいじゃない」とそっぽを向くのだけそっくりだ。

 と、ここまでは長い前説で、実は最も似ていると思ったのは田中義一首相(在任1927~29/写真)と高市早苗だ。田中は悪名高い社会主義者の一斉検挙(1928・3・15)事件で残酷な拷問を容認し、治安維持法に死刑を加え、河上肇ら大学教授を初めて大学から追放した。さらに中国侵略に意欲を燃やし、軍部の暴走への道を開いた。大内によれば「田中内閣こそ、昭和の暗黒史の第一幕を形成した責任を負わなければならない」のである。

 その田中への人物評を、長いが引用する。

「田中の人物については毀誉褒貶さまざまの評価がくだされているが、いささか小ずるいところのある野心家であったことは事実としても、それほど政治力をもった大悪党とは思えない。むしろ決断力のないけちな人物で、大きな見通しのうえにたって日本を率いていくだけの力量がなかったために、とりまきに勝手なことをされ、大ミソをつけたというところであろう。凡俗な人物が重大な責任ある地位につくことは、しばしば大悪党が権力を握るより悪い結果を生むものである」。

 このような人物を首相にした現在の私達には、既に「戦前責任」(高橋眞司の言葉を解説の柴垣和夫が引用)が生じていると自覚する必要がある。大内力の歴史記述はどこかべらんめえ調で読みやすく、ヘタな小説よりよほど面白いので、是非とも読んでください。