<評者:内藤洋子> 
毎木曜掲載・第454回(2026.10.15)

酒井邦嘉 著『デジタル脳クライシス ―AI時代をどう生きるか』(2024年、朝日選書)         

 街の本屋さんが、どんどん姿を消している。現在、新刊書店が一軒もない自治体は、全自治体の29%になっているという。私の利用する最寄り駅内の大手書店も、今年、店舗面積を半分に減らした。

 本はAI時代に駆逐されるのか。なんともやるせない気持ちのときに、本書に出会った。著者の酒井邦嘉氏は言語脳科学者で、デジタル機器が脳に及ぼす影響などを研究し、様々な実証実験を行なっている。本題の「デジタル脳クライシス」とは、「デジタル機器やデジタル技術の虜になった人の脳が直面する危機や岐路」という意味合いだと語る。

 タイパやコスパなどに価値をおく現代の風潮は、AIの出現でますます強まっているようだ。動画を倍速で視聴し、本はあらすじを先に読むなどのやり方は、情報を表面的にかすめ取るだけの底の浅い理解でしかないが、本人はわかった気になってしまう。知的な基本機能が衰退しつつある、と著者は憂える。彼の挙げる、自分で考える前にネット検索するのが常態化した「検索依存症」などもその一例となろう。

 第3章「ペンはキーボードより強し」では、米プリンストン大学の学生を対象に行なった調査で、話を聞きながらノートを取るとき、手書き派とキーボード派で、理解度や記憶への定着度を比べる実験をした。その直後の小テストで講演の内容を問うと、手書き派の方が理解で勝っていた。それを脳の働きのメカニズムから説明してくれる。詳細は省くが、手書きではすべてを記録できない分、要点をまとめてノートを取る。欠落を埋めようと、想像力を働かせる必要が出てくる。それが記憶の取り出しを活発化させ、記憶の定着に寄与するというわけだ。一方のキーボード派は、聞いた言葉をそのまま逐語的にタイピングするため、読み返す作業が雑になりがちで、情報に対して受け身になりやすい。脳をあまり働かせないため、学生側の教育効果は、手書きの方が高いと分かった。

 読解の理解力を調べるスウェーデンの大学での実験でも、同じ文章を紙で読んだグループと、パソコンで読んだグループで比較したが、やはり紙グループの方が高い成績だった。“効率が良い、便利だ、楽だ”、といった価値観で、一見便利なツールを使うことは、脳を働かせない方向に誘導してしまう、と著者は指摘する。

 第6章「柔軟な脳の可塑性」では、大事な示唆を受けた。

 新生児の脳の重さは、成人の3割程度。その後の脳の成長は著しく、3歳時には8割程度に達するという。脳には可塑性があって、良くも悪くも外の環境に適応してしまう。大人の脳も、可塑的に変化しうる。使えば使うほど脳は変わる。これは希望だった。生涯学習などの励みにもなろう。「知らぬ間にデジタル機器に使われて、自分の脳がもともと持っている力を衰えさせてしまわぬように、脳に適度な負荷をかけ続けるということを意識したいものです。」と言う著者の言葉は重い。

 育児放棄など、乳幼児にスマホを与え、動画を見せ続けるなどして親子の会話が乏しいと、子供の脳の発達に大きな悪影響を及ぼす。また、小学校低学年からSNSを使うようになって、短いテキストだけで言葉のやり取りをすることが増えれば、長い文脈を読み取ることは困難で、まして背後にある相手の意図や感情を読み取ることなど難しく、学力低下は避けられない、と酒井氏は指摘する。

 欧州でも、AI依存から子供を守る動きが活発になっている。欧州委員会は、AIの利用制限も含めた「こども法案」を提示し、発達や健康への悪影響を防ぐ対策を強めている。例えば、「AIコンパニオン」(寄り添い型AI)と呼ばれる、感情的依存を誘発するAIサービスも、利用制限の対象になった。日本でも少しずつ議論は始まっているようだ。
 
 改めて読書の効用について、著者は、「脳を創る読書」と表現して、3点挙げている。
先ず、読書を通して言葉の意味を補う想像力が高められ、著者の意図や心情に対する深い理解につながる。さらに、読書を通じて思索にふけることで、能動的に考える力が自然と身に付き、自分の世界を広げ、脳を創る。そして、読書体験が蓄積されて、活用できる経験や知恵として記憶され、知力を支える、と。

 全国大学生協組合の実態調査によると、読書を全くしないと回答した大学生が約半数に達するとの結果だったという。人間がAIを使うのではなく、AIに使われて下僕とならぬよう、心したい。