永田浩三(ジャーナリスト・武蔵大学名誉教授)

 初日に観たにもかかわらず、いままでこの「映画の部屋」に文を寄せることができなかった。米原万里さんのエッセイに『打ちのめされるようなすごい本』があるが、まさにそんな感じ。映画に打ちのめされ、立ち上がれずにいたのだ。

 映画を観た後、沖縄県知事選挙の結果が出た。現職の玉城デニー知事を古謝げんた候補が圧倒的な差で破った。映画の中に出てくる、沖縄の米兵による風俗店で働く女性やタクシー運転手への暴行や狼藉のシーンが、上映館が当初予定より大幅に少なくなったことの理由ではないかという話があるが、いまのところほんとうのことはわからない。

 主人公のアレン・ネルソンさんは、ニューヨークで生まれたアフリカ系アメリカ人。貧困と義父からの暴力の中で育った。18歳のとき、母の反対を押し切って海兵隊に入隊。そこで教わったのは、何も考えず絶対服従し、人を殺すことだった。沖縄での訓練を経て、ベトナム戦争の最前線へ。そこでは、ゲリラ兵が潜んでいるかもしれない村を破壊し火を放ち、罪のない農民、女性、子ども、老人をただただ殺し続けることだった。「グークス(野蛮な東洋人という差別語)はいくら殺しても罪にならない。油断したらこちらがやられる。だから殺しまくれ・・」これが掟だった。

 しかし、ある時、ネルソンさんはベトナムの狙撃兵から質問を受ける。「われわれは自由のために戦っている。あなたたち黒人も米国で自由がないではないか」
 この言葉を聴いて以降、ネルソンさんは人が殺せなくなる。帰国した後も普通の生活に戻ることができなくなった。毎夜襲われる悪夢。家族との関係が保てなくなりホームレスになった。そんなとき、幼馴染の小学校教師ダニアンさんから、子どもたちの前でベトナムのことを話してほしいと頼まれる。迷った末に引き受け、教室の子どもたちから質問を受けることに。「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

 その答えをめぐって教室で繰り広げられたのは、まさに神が舞い降りたような奇跡の時間だった。映画史に残るような美しい場面。人ってなんて優しいものなのか。泣かずにはいられなかった。

 さて、ぼろぼろになったネルソンさんを支えたのは心理学者のダニエルズさん。ダニエルズさんはPTSD(心的外傷ストレス症候群)の専門家だった。彼は、面接のたびに同じ質問をぶつけてくる。

 「君はなぜ人を殺したのか?」なんと厳しい質問だろうか。

 戦争だったから、命令だったから、殺さなければ殺されるから。どの答えにもダニエルズさんは納得しない。そしてついに、ネルソンさん自身が納得できる答えにたどり着くのだった。

 遺体にウジ虫が這いまわり、腐っていく。これが戦場なのだ。戦争とはこうしたむごたらしいものだ。だからこころを病まない方がおかしい。こんな当り前のメッセージが、息もつかせぬ迫力で提示される。映画ってこんなにも力があったんだ。

 6歳の女の子がイスラエル軍からの攻撃で命を落とした『ヒンド・ラジャブの声』は被害者側を描いた映画。そして『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は加害者の側に迫ったものだ。
 2026年秋、日本ではこの2本の傑作がお披露目され、戦争の残酷さ、愚かしさをわれわれに強く訴えている。これに対してわたしたちは誠実な応答をしないわけにはおれない。

★『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』公式サイト⇒https://nelsonsan.jp